「あなたは、最近何かを学習していますか」。資格取得やビジネス書での知識習得——それらの努力は素晴らしい。だが、AI時代を牽引するAI時代のリーダーを志すなら、「学習」の定義そのものをアップデートする必要があるでしょう。
私たちが学校教育で受けてきた「勉強」の多くは、用意された正解を効率よくインプットする作業でした。しかし生成AIが台頭し、世界中の知識が瞬時に引き出せる今、「記憶するだけの学習」の価値は相対的に暴落してしまいました。定型的スキルや知識の暗記は、AIが最も得意とする領域だからです。では、AIに代替されない真の学習とは何か。それは「教科書のない荒野で、自らの問いを立て、必要な情報を自力で狩りに行くこと」——与えられたカリキュラムをこなす「消費」から、好奇心をエンジンに未知を切り拓く「探究」への転換なのです。
学びの原点は「好き」にある——短波ラジオが教えてくれたリベラルアーツ
私の原体験は中学時代の「BCL」、海外の短波放送を受信する趣味でした。インターネットもない時代、ノイズの海の向こうから「こちら、ロンドン、BBC」という生の声が浮かび上がる瞬間の興奮。南米の放送から流れる陽気なリズムに国の空気感を感じ取り、独裁政権下の国で軍歌が延々と流れた翌日、新聞でクーデターを知って点と点がつながる。教科書の地理や世界史が静止画なら、ラジオの向こうにあったのは温度を持つ「生きた世界」だった。これが私にとってのリベラルアーツの原体験でした。
そして「もっと遠くの放送を聴きたい」という欲求が、私を電離層の物理やアンテナの自作へと駆り立てました。理科の授業なら退屈な話も、目的と結びついた瞬間に宝の地図の輝きを放ちました。この延長線上に、初代プレイステーションの立ち上げ参画から、CTOとして歴代のプレイステーションプラットフォームを創り、その後楽天のAI担当執行役員、KPMG Ignition Tokyo初代CEOやマッキンゼーのデジタルチームBuild by McKinsey日本統括に至る私のキャリアができました。「Pythonが流行っているから」「AIが来るからプロンプトを学ぶ」——手段先行の学習には魂が入らず、長続きしないでしょう。好奇心というエンジンさえあれば、人は誰に強制されなくても芋づる式に知識を吸収していくのです。



