スキルは「減価償却資産」である——18歳の偏差値はただの通過点
私はよく、学習を会計の概念で説明します。企業会計の「減価償却」——最新鋭の設備も時間とともに価値が目減りし、やがてゼロになります。私たちのスキルもまさに減価償却資産なのです。苦労して覚えた知識も、取得した瞬間から陳腐化へのカウントダウンが始まっています。
しかもAI時代の減価スピードは加速する一方だったりします。AIによる同時通訳が可能になった今、「英語が話せる」だけの価値は下がり、AIのコーディング性能はこの1年でベンチマークの正答率が急伸しました。スキルの耐用年数は、物理的な機械よりはるかに短いのです。
ではどうするか。ヒントは長く第一線で活躍するモノマネ芸人にあるとみています。声が似ているだけなら、AIでも再現できてしまいます。だが一流は、対象の特徴をあえて誇張して「本人より本人らしい」面白さを創り、メドレーや流行のネタで常に芸をアップデートしています。元ネタに自分なりの解釈という付加価値を乗せているからこそ、時代が変わっても陳腐化しないのです。同じ理屈で、「どこの大学に入ったか」は18歳時点の到達点にすぎないのです。学歴という資産も減価する。過去の栄光に安住する人と、芸を進化させ続ける人——10年後にAI時代のリーダーとして残るのがどちらかは明らかでしょう。
ソニーで学んだ「自己破壊」の美学——自分でやらなきゃ、他人にやられる
1995年、黎明期のインターネットに触れた私は「物理メディアはいずれ不要になり、すべてネットワーク配信になる」と直感しました。いま多くの人がAIに同じ衝撃を感じているでしょう。「このタスクはいずれAIが代替する」と感じたとき、考えるべきは「ではその時、自分は何をしているべきか」なのです。
ソニーには、自分たちが作ったフォーマットを自分で潰して次へ行くという徹底した姿勢がありました。「自分でやらなきゃ、他人にやられる」——現状維持を決め込んでも、いずれ誰かが新技術でひっくり返しに来るのです。後手に回れば市場からの退場を迫られるだけなのです。現代のGoogleも、検索という圧倒的なドル箱を持ちながら、生成AIの波に対して自らのビジネスモデルを破壊しかねない方向へ猛然と舵を切ったのです。躊躇していれば、すべてを奪われていたかもしれないのです。企業も個人も同じです。今のスキルや成功体験を自分の手で陳腐化させるサイクルを回せるか。そこには資金と技術、そして何より「勇気」が要るのです。


