核心は変えず、言語を変える
安永正臣は、陶芸という領域に立ちながら、その前提を揺さぶる作家です。三重県を拠点に活動を行いながら、アート・バーゼル 2026ではリッソン・ギャラリーが『Empty Vessel』と『Crumbling』をそれぞれ3万7000ドル(約560万円)で販売しました。
通常、陶芸では粘土で形をつくり、表面に釉薬をかけます。しかし安永は、釉薬そのものを主な素材として扱います。石、ガラス、鉱物、金属粉などを組み合わせ、砂や未精製の磁土に埋めて焼成し、冷却後に発掘するように作品を取り出す。器のようでもあり、器ではない。地中から掘り出された遺物のようでもあり、同時に極めて現代的な彫刻でもある。
なぜ安永の作品は国際市場で評価されるのでしょうか。
安永の作品を分解すると、ふたつの層が見えます。
まず、譲れない核心の部分。素材と時間に向き合い、制御できないプロセスの中に美を見出すという姿勢です。釉薬が焼成の中でどう溶け、どう崩れ、どんな痕跡を残すか――それを作家としてコントロールしていくことを、安永は作品の核心に置いています。
そして、市場に合わせて変換したもの。作品の本質を、「時間・痕跡・記憶・発掘」という現代アートが共有する言語で語り直したことです。安永の作品は「日本の伝統陶芸」としてではなく、「陶芸の可能性を広げる現代的な表現」として紹介されています。マイアミ現代美術館も2025年末から2026年春にかけて安永の米国初の大規模個展「Traces of Memory」を開催し、「感情を帯びた、異世界的な作品」として位置づけました。
伝統工芸の技法や向き合い方を従来の説明や見せ方のまま海外に持ち込んでも、その価値が十分に伝わらず、売れにくいことがある。その現実への、ひとつの答えです。日本の美意識を欧米の評価軸に合わせて「薄める」のではなく、核心を守りながら相手に伝わる言葉で語り直す。その技法が、市場に入るための道を切りひらいています。
ラグジュアリー市場で存在感を示すための「文脈の提示」
製造機械、素材、部品、精密なものづくりといった領域では、国際競争力の高い日本企業が数多くあります。複雑な工程を磨き、品質を高め、見えないところで産業を支えてきた。日本経済については悲観的なニュースも多く語られますが、GDPの規模で見れば今も世界有数の経済大国であり、製造業の複雑な領域では日本企業が強い存在感を持つ分野も少なくありません。
一方、アートをはじめ、ラグジュアリー、観光、コンテンツ、ブランドなどの領域では、ものの品質だけで価値は決まりません。どのような意味を持つのか、なぜいま必要なのか、どのような文化や社会の問いとつながるのか。そうした文脈まで含めて、はじめて市場価値が生まれます。
これは、日本がこれから高付加価値領域に進むうえで、避けて通れない課題でもあります。
アート・バーゼルの会場を歩きながら、日本が高付加価値市場での存在感をより強く示すには、技術に加えて「言葉」が非常に重要なのだとあらためて実感しました。


