クレア・マッキャンドルー氏が語る、世界市場の動き
アート・バーゼルの会場で、文化経済学者のクレア・マッキャンドルー氏に話を聞きました。クレア氏はアートマーケットの計量分析を専門とし、アート・バーゼルとスイスの金融大手UBSが毎年発行するグローバル市場レポートを執筆するとともに、文化庁の委託で日本市場の年次調査も手がけている研究者です。
平岡:世界のアートマーケットは、今どのような状況にありますか。
クレア:2025年は世界のアート市場が前年比4%増の596億ドルとなり、2年続いた縮小から成長に戻りました。ただ、回復はまだ緩やかで、地域によってもかなり差があります。世界最大の米国市場は5%増、中国は約1%増とほぼ横ばいでした。アジアを見ても、日本は前年の成長から一転して1%減となる一方、韓国は6%増となっています。
全体として感じるのは、市場がより地域化・内向化しているということです。コロナ後、そしてこれだけ地政学的な不確実性が続く中で、コレクターが自国の市場に戻ってきている兆候がある。これは米国も中国も、同じ傾向です。
平岡:コレクターが求めるものも変わってきていますか。
クレア:コロナ後にウルトラコンテンポラリー(若い世代の作家たち)への投機的な買いが急騰しましたが、2022年以降に急速に冷え込みました。今は、歴史的な評価が確立された作家へ市場が動いています。モダン、印象派、オールドマスターなどが伸び、不確実な時代にリスク回避が進んでいます。
平岡:そうした市場で日本の存在感を高めるためには、何が必要でしょうか。
クレア:より多くの日本のギャラリーが国際舞台に出て、より多くの国際ギャラリーが日本に来る「双方向の流れ」が必要だと思います。ただ、その流れを作るには経済的な壁もあります。
アート・バーゼルのような国際フェアへの出展コストは、もともとギャラリーにとって重い負担です。日本のギャラリーの調査で繰り返し出てくるのが円安の問題で、価値を届けたくても、コストが先に立ちはだかってしまうんです。
クレア氏の言う「双方向の流れ」とは、単なる輸出拡大ではありません。日本の価値が、海外の目を通じて再発見され、日本側もまたその受け止められ方を学ぶ。その往復の中で、日本のアート市場は育っていくのだと思います。
では、その価値を具体的にどう届ければよいのでしょうか。
日本的な価値は、わかりやすく説明しようとした瞬間にこぼれ落ちてしまうものが多いように感じます。だからこそ、「世界に伝えるために、わかりやすく変える」という発想だけでは十分ではありません。重要なのは、価値の中心を変えずに、どのような文脈に置くかです。
その可能性を示しているように見えたのが、安永正臣の作品でした。


