海を泳ぐジンベエザメ(学名:Rhincodon typus)の姿が視界に入ってきたときにまず圧倒されるのは、単純にその圧倒的な巨体だろう。
海中を静かに泳ぐこの巨大なサメの体表には、特徴的な白斑と線状の模様がある。しかし、10mほどある巨体が目の前の海中を通り過ぎた時に、その体を覆う、数百もある白斑と線の正確な配置を思い出せるだろうか?
それぞれの斑点の位置は? エラの近くにある、斑点が集まった小さな模様は、以前もあっただろうか? 特徴的な模様があったのはヒレの上と下、どちらか?
海洋生物学者にとっては、こうした小さな違いが重要になる。なぜなら、研究者がジンベエザメを見た時に抱く大きな問題意識は、「この個体を以前に見たことがあるか?」だからだ。そして驚くことに、サメの体表にある斑点は、この疑問に答えを出す決め手になり得る。
ジンベエザメには、体表面の模様に、個体によって異なる固有のパターンがある。これは、人間の指紋のようなものだと言ってもいい。
インド洋にある島国モルディブのミライドゥ島付近の海域では、海洋生物学者たちがこうした固有のパターンを写真に収め、ジンベエザメの個体を特定するとともに、その生態を長期間にわたって記録している。
ミライドゥ島に常駐する海洋生物学者のナイリカ・バルチャは、「ジンベエザメに遭遇した時は、まずは一定の距離を保ち、自然に行動してもらうようにする」と語る。
バルチャをはじめとする調査チームは、「5つ目の鰓裂(えらの隙間)の後ろと胸びれの上から、胸びれの後端にわたって広がる」特徴的な斑点のパターンを、個体識別の手がかりにしているという。
このパターンは、体の左側と右側で異なるため、1頭の個体について両側から撮影することが望ましい。だが、特に重要なのは左側だ。なぜなら、写真による個体識別では、左側の写真を用いるのが標準となっているからだ。
調査チームは、これに加えて、ジンベエザメの各個体の大きさ、性別、傷跡、ヒレの部分以外の特徴的な模様、遭遇した場所と日付を記録する。
「なんということのない写真でも、この驚異的な生き物を理解し、保護するための重要な情報になる可能性がある」とバルチャは語る。同氏はこの写真を、その個体の行動や遭遇した場所、環境条件に関する情報も添えて、「ビッグ・フィッシュ・ネットワーク」というポータルにアップロードする。この写真は、さらに大規模な科学研究プロセスの一部になるのだ。このポータルは、「モルディブ・ホエール・シャーク・リサーチ(MWSR)」が運営するものだ。
ミライドゥ島の研究チームは、撮影した写真や動画をMWSRと共有する。するとソフトウェアが、写真に捉えられたパターンを、すでにデータベースに収められているジンベエザメの個体と照合し、酷似したパターンがないか検索する。
よく似たパターンがある場合は、MWSRのチームが、目視で検証結果を確認したのち、個体情報と履歴をミライドゥ島のチームに返す。
写真による個体識別(フォトID)と呼ばれるこの技法は、対象となる個体を捕獲したりタグを付けたりするなどの形で直接的に干渉する必要がないため、非常に有用だ。



