オクトーバーフェストは毎年開催されてきたわけではない
200年余の歴史を誇るオクトーバーフェストだが、中断された時期もある。戦争、経済危機、疫病などにより、主催のミュンヘン市は幾度となく開催中止や日程・内容の変更を余儀なくされてきた。
中でも第一次世界大戦と第二次世界大戦は長期にわたる中断をもたらした。戦争前後の困難な数年間、ミュンヘンでは代わりに小規模な秋祭りが開催された。
近年では、新型コロナウイルス感染症の流行で2020年と2021年の2年間にわたり開催が中止され、2022年にようやく3年ぶりにビールジョッキが乾杯の音を響かせた。
祭りの歴史には悲劇も刻まれている。1980年、オクトーバーフェストの会場メインエントランス付近で爆弾が爆発し、来場者12人と実行犯1人が死亡、200人以上が負傷する惨事となった。現場近くには記念碑が建立され、犠牲者を偲んでいる。
海を超えて広がるオクトーバーフェスト
いつしかオクトーバーフェストはドイツの地方都市の催しの枠を超え、ひとつの季節を象徴するイベントとなった。
現在では、米オハイオ州シンシナティからブラジルまで、世界各地でオクトーバーフェストが祝われている。醸造所は毎年秋になるとこの名を冠した季節限定ビールを発売し、バーやレストランでは9月に入るやプレッツェル、ソーセージ、ビールジョッキが店頭に並ぶ。
しかし、本場ミュンヘンの祭りは依然として「バイエルン色」がくっきりと濃い。
オクトーバーフェストは、厳密には単なるビール祭りではなく「フォルクスフェスト(Volksfest:民俗祭)」である。ビールが重要な要素であることは言うまでもないが、食べ物、アトラクション、音楽、パレード、そしてバイエルンの伝統も同様に欠かせない要素だ。それこそが、祭りの変遷を非常に興味深いものにしている。
1810年に誰かが会議をして、世界で最も有名なビールの祭典を開催しようと企画したわけではない。
王室の結婚式がきっかけで競馬が行われ、それが毎年恒例の祭りとなった。簡素な食事やビールの屋台がやがて巨大なテントになり、数台のブランコとひとつきりのメリーゴーラウンドが本格的な移動遊園地へと発展した。こうして、ミュンヘンの地元の伝統行事は、特大ジョッキでビールを飲むという国際的な秋のイベントの代名詞となったのだ。
2世紀以上を経た今、発端となった結婚式にはもはや歴史の教科書に記された脚注ほどの存在感しかない。だが、その「二次会」は、今なお盛んに続いている。


