今週、ニューヨーク市公立学校(NYCPS)は、生徒向けのAIツールの利用を1年間一時停止(モラトリアム)すると発表した。対象は、2歳児向けの市プログラム「2-K」から中学2年生(第8学年)までに及ぶ。これは約60万人の生徒に相当し、同学区の約3分の2を占める。
同日の遅くには、ロサンゼルス統一学区(LAUSD)もさらに広範な措置を確認した。今年度、同学区内のすべての学区支給端末上で、生徒による生成AIへのアクセスを停止するというものだ。
これらの決定に至るまでの1週間に、OpenAIは無料版「ChatGPT for Teachers」の提供先をさらに55の学校システムに拡大し、Anthropicは全米の学校および学区に向けて、教師向けの「Claude for Teachers」エンタープライズアクセスの無料提供を開始した。
つまり、わずか数日の間に、全米最大規模の2つの学区が生徒による生成AIへのアクセスを制限する一方で、世界最大手のAI企業2社が教師にとってのAI利用のハードルを下げていたのだ。
筆者はこの問題に長年関わってきた。最初は教師および副校長として、最近では、賢明なAI導入のあり方を模索する教育省、州教育局、教育委員会、学校リーダーたちとの対話を通じてである。
これほど矛盾するシグナルが同時に発せられた週は、記憶にほとんどない。
「一時停止」の実態は報道よりも限定的
ニューヨーク市の決定は、AIの全面的な禁止ではない。対象は生徒向けのツールに限定されている。教師は、学区の安全要件を満たしているツールであれば、授業計画や事務作業に引き続きAIを使用できる。また、支援技術を使用する障害のある生徒、多言語学習者、コンピューターサイエンスを含むキャリア準備プログラムに参加している生徒のための例外も設けられている。
ロサンゼルス学区ではこれまで、デジタルシチズンシップ教育を修了した13歳以上の生徒に対し、承認されたAIツールへのアクセスを認めていた。しかし、少なくとも当面の間は、学区支給の端末におけるそのアクセス権が剥奪された。
同学区はまた、「生成AI特別委員会」を設置した。同委員会は水曜日に初会合を開き、年度末までに提言をまとめる予定だ。
どちらの決定にも納得のいく理由はある。LAUSDは、すでにAIで痛い目を見ている。同学区が導入した、鳴り物入りのAIチャットボット「Ed」は、プラットフォームを運営する企業の破綻により、2024年に頓挫した。ニューヨークでは、保護者らが7月から導入一時停止を求めて働きかけを行っており、地域の教育評議会も一時停止を求める決議を可決していた。
もし筆者が、何十万人もの幼い子どもたちを抱える学校制度に責任を持つ立場であり、エビデンス(科学的根拠)がまだ発展途上で、保護者から厳しい質問を突きつけられていたら、同じ決定を下したであろうことは理解できる。筆者が懸念しているのは、一時停止そのものではない。その期間中に何が起きるかだ。
1年間の一時停止というのは決断力があるように聞こえるが、12カ月はあっという間に過ぎる。来年のどこかの時点で、各学区の誰かが、この1年で何が学べたのか、そして次はどうすべきなのかを説明しなければならなくなる。
学校現場でこのようなことが起きるのを何度も見てきたからこそ、そのリスクがわかる。一時停止は、安堵感に変わるのだ。当面のプレッシャーが去ったと人々は感じ、幹部会議の議題からこの対話が数カ月間消えてしまう。
そして再び9月(新学期)を迎えたとき、全員が同じ部屋に戻り、ほぼ同じ質問を繰り返すことになる。ただ、1年という歳月が無駄に流れただけで。
方針に署名する当事者自身が、確信を持てていない
学区の発表とほぼ同時期に公開された2つの調査結果は、なぜこれほど多くの教育現場が一時停止ボタンを押したがるのかを説明するのに役立つ。
英国の国立科学アカデミーである王立協会は、イングランドの小中学校の教師9200人以上を対象に調査を実施した。それによると、調査対象となった3つの領域(AIの仕組みの理解、安全かつ責任ある利用、倫理的・社会的影響についての批判的思考)のすべてにおいて「自信がある」と答えた教師は、わずか14%だった。
AIに関連する専門研修を受けたことがある教師はわずか18%。学校全体として明確なガイドラインがあると答えたのは15%にすぎなかった。そしてほぼ4分の1(23%)が、これまでに何のサポートも受けていないと答えた。
校長(学校のリーダー)たちの自信は、現場の教師よりもさらに低かった。「自信がある」の基準を満たした校長は9%で、教師の14%を下回った。
これには見覚えがある。筆者はこれまで、AIについての議論が必要であることは全員が理解していながら、自分たち自身がまだそれを理解しようと格闘している最中であることを誰も認めたがらない、そんな指導部会議に何度も同席してきた。その結果、議論は先送りされるか、コンピューターサイエンスの教師に丸投げされるか、あるいは「どのツールをブロックすべきか」という議論にすり替わってしまう。
2つ目の調査結果は、さらに深刻だ。特別支援教育のコーディネーターは、測定されたグループの中で最も自信が低く、こちらもわずか9%であり、体系的なサポートを受けたことがあるのは12%にとどまった。これは、本来あるべき姿とは逆行している。
学校において生成AIが発揮できる最も有用な機能の一部は、個別最適化とアクセシビリティ(利用しやすさ)に関連している。教師は、難解な文章をほんの数分で、さまざまな読解レベルに合わせたバージョンに変換できる。教材のレイアウト変更、簡略化、翻訳も可能だ。学習者の習熟度に応じた教材の作り分け(ディファレンシエーション)は、教師向けAIツールに組み込まれつつある主要機能である。にもかかわらず、そのユースケースに最も近い立場にあるはずの人々が、最もサポートを受けられていない。
教育格差による違いも見られた。無料給食の支給対象となる生徒の割合が高い学校では、42%の教師が「AIリテラシーへの取り組みはまったく行われていない」と回答した。それ以外の学校では、この割合は33%だった。
米国の調査結果も、ほぼ同じ方向を示している。IBMがモーニング・コンサルトを通じて米国の成人2048人を対象に実施した調査結果が、9月2日に発表された。それによると、中学校の教育者の76%が「教室で少なくとも毎週AIが使用されている」と答え、高校の教育者では73%に上った。しかし、「広範な研修を受けた」と答えたのは、わずか20%だった。
教師が直面する障壁について尋ねたところ、「研修の不足」が42%でトップだった。テクノロジーはすでに日常的に使われている。それを使いこなすための準備が、追いついていないのが現状だ。
保護者たちが団結したのは、何も知らされていなかったからだ
IBMの調査では、保護者の意見も尋ねている。77%の保護者が「子どもの教室でAIがどのように使われているかについて、意見を反映させたい」と回答した。一方で、子どもが現在受けている指導内容を明確に理解していると答えたのは、わずか20%だった。これには大きな隔たりがある。
大半の保護者は関与したいと考えている。しかし、実際に何が起きているかを把握していると感じている保護者は極めて少ない。筆者にとってこの事実は、テクノロジーそのもの以上に、ニューヨークで起きた事態を説明する材料となる。導入一時停止は、何カ月にもわたる保護者らの請願や、地域教育評議会による決議を経て決定された。そして、その反応は理解できる。
筆者自身も一人の親である。もし自分の子どもたちが、自分がよく理解していないテクノロジーと日常的に接しており、学校がそれについて子どもに何を教えているのか定かでないとしたら、筆者も説明を求めるだろう。
興味深いことに、保護者たちが「安心感を得るために必要だ」と挙げた事柄は、極めてシンプルなものだった。51%が「より明確なガイドライン」を求め、48%が「教室でAIが実際にどのように使われているかについて、さらなる透明性」を求めた。これらは十分に実現可能なはずだ。
同じ調査は、教師と管理職(学校管理者)の間の興味深い意識のズレも浮き彫りにした。教師が最大の懸念事項として挙げたのは「生徒のAI依存(52%)」で、次が「不正行為(47%)」だった。一方、管理職は「研修」や「コスト」を懸念する傾向が強かった。
これが重要なのは、多くのAI方針が、校内の全員が同じことを懸念しているかのように作成されているからだ。実際はそうではない。生徒がエッセイの執筆をAIに丸投げすることを懸念する教師が抱える問題は、プラットフォームが学区のプライバシー規則に準拠しているかどうかを確認しようとしている管理職の課題とは異なる。それにもかかわらず、1つの方針文書でその両方をどうにか解決しようとしているのだ。
「無料」であっても、調達における意思決定であることに変わりはない
OpenAIによる最新の対象拡大により、30州にまたがる100以上のK-12(幼稚園から高校まで)組織の30万人以上の教育者や職員が「ChatGPT for Teachers」を利用できるようになった。アクセスは2028年6月まで無料となる。同時に同社は、「生徒データプライバシーコンソーシアム(SDPC)」の枠組みに基づき、16州を対象とした全国データプライバシー協定を発表した。筆者は、このプライバシー協定の方が、無料アクセスよりも重要になる可能性があると考えている。
筆者の経験上、学区におけるAIプロジェクトの導入を阻んできた最大の要因は、熱意の欠如ではなく、プライバシーや法的承認の問題だった。16州にまたがる共通の協定があれば、その摩擦は軽減される。ゼロから始める代わりに、法務や調達の担当チームがすぐに検討できる材料を学区が手にできるからだ。これは、AI企業側が教育現場への売り込みについていかに多くのことを学んできたかを示している。
重要な交渉相手は、往々にしてテクノロジー部門ではない。法務顧問や調達担当、そして生徒データの責任者なのだ。
しかし、無料アクセスには別の側面もある。「無料」だからといって、調達に関する決定が下されていないわけではない。何千人もの教師が、ある1つのプラットフォーム上で授業計画の作成、報告、事務作業のルーティンを構築し始めれば、そのプラットフォームを他へ置き換えることは極めて困難になる。価格が提示される頃には、組織がすでにそのシステムに依存しきっている可能性がある。
そのため、このようなシステムを広く導入する前に、以下の3つの基本的な質問に答えておく必要があるだろう。
- 2028年6月以降はどうなるのか。
- データ協定の具体的なカバー範囲は何か。
- 18カ月後に他システムへの移行を決めた場合、どれだけ容易に移行できるのか。
これらは、何百ものワークフローをそのプラットフォームを中心に構築してしまう前に、解決しておくべき問題だ。
OpenAIによる教師のアクティビティ分析は、なぜ導入がこれほど急速に進んでいるのかを明確に示している。1月から7月中旬までの間に、教育者たちは時短タスクに関連して約190万通のメッセージを送信した。そのうち約90万件が通知表や進捗報告に関連するもので、さらに80万件が授業計画に関連するものだった。教師たちは、AI導入に関する壮大な理論を待っているのではない。時間を節約できる手段を見つけ、それを活用しているだけなのだ。
個別指導(チュータリング)に関するエビデンスが示すもの
AIが生徒と直接関わる形で使用された場合に何が起きるかについても、エビデンスが蓄積されつつある。
スタンフォード大学の「National Student Support Accelerator」と「AI Hub for Education」は最近、AIによる個別指導に関する研究のレビューを行った。最も興味深い結論の1つは、最も強力な成果が得られたのは、AIが人間の指導員をサポートする形であったという点だ。AIのみによる個別指導の効果は、はるかに説得力に欠けるものだった。
いくつかの研究では、エンゲージメント(主体的な関与)が深刻な課題となった。2つのランダム化比較試験では、40%〜47%の生徒がAIプラットフォームを一度も使用せず、使用した生徒であっても週平均でわずか2〜5分にとどまった。多くの教育テクノロジーの背景には、「生徒に有用なツールへのアクセス権を与えれば、自然とそれを有効活用するだろう」という前提がある。しかし実際には、そうならないことが多い。
テネシー州でのランダム化比較試験は、AIによる個別指導が実際にどこで役立つかについて、より良い示唆を与えてくれる。この研究は、適切な制限措置(ガードレール)が設けられた算数・数学のAI学習支援ツールを使用した6997人の生徒を対象としたものだ。間違いを犯した際、このシステムを使用している生徒は、正解に戻る可能性が高く、正解に至るまでの試行回数も少なくて済んだ。しかし、作業スピードは遅くなった。また、研究者が1週間後にも生徒が知識を保持しているかを調べたところ、学習の定着度を示す証拠はわずかなものだった。
AIは、生徒が解答を間違えた直後のタイミングにおいて、特に有用であったようだ。研究チームは、最も明確な効果は間違いの後に現れ、次の試行での正解率を向上させ、正解に戻るために必要な試行回数を減らしたことを発見した。これは、指導における本質的な課題である。30人の生徒がいる教室で、教師が、子どもたちがつまずいたまさにその瞬間に、すべての生徒の元へ駆けつけることは不可能だ。しかし、生徒が次の問題を正解できるように手助けすることと、来週になっても覚えているような真の学習を促すこととは別物である。
ある企業が「自社製品が学習効果を向上させる」と主張するとき、学校側が投げかけるべき最も有効な質問は、非常にシンプルなものだ。すなわち「それを測定したのはいつですか?」という問いである。
このすべてと並んで考慮すべき、もう1つのデータがある。コモン・センス・メディアが全米を代表する1017人のアメリカのティーンエイジャーを対象に実施した調査によると、70%が学校の課題にAIを使用していると答えた。しかし、教師から安全な使い方について説明を受けたことがあると答えたのは、わずか27%だった。これが、多くの政策議論の根底にある、目を背けたくなる現実である。
生徒たちはすでにテクノロジーを使用している。そしてその大半は、学校の大人からそれをうまく使いこなすための支援をほとんど受けていない。
筆者が今週から取り組むべきと考える3つのこと
第1に、教職員のAI利用と生徒のAI利用を同じ問題として扱うのをやめることだ。これらは関連してはいるが、同じではない。教職員の利用は主に労働負荷、専門的判断、プライバシー、およびデータに関わる。一方で、生徒の利用は学習、発達、安全性、年齢、評価、および学問的誠実性(アカデミック・インテグリティ)に関わる。これらすべてを1つのルールに詰め込もうとすると、往々にしてルールが形骸化するか、不適切なものになってしまう。
第2に、「取り締まりの前に教育を行う」ことだ。大規模言語モデルが、なぜまったくの誤りをさも自信ありげに出力してしまうのかを教わったことがない生徒に対し、誤用したからといってすぐに処罰を科すのは理不尽に思える。これには、1学期間にわたるような長いAIカリキュラムは必要ない。
適切に構成された1コマの授業があれば、多くのことをカバーできる。これらのシステムが何であるか、大まかにどのように機能するのか、なぜ時として情報を捏造するのか、どんなデータを決して入力してはならないのか、そしてその授業においてどのような利用法が許容されるのか、といった内容だ。それがあって初めて、ルールが意味を持つようになる。
第3に、既存の課題を1つ見直してみることだ。「もしAIが30秒でそれなりの解答を作成できるとしたらどうなるか」を自問してみる。その上で、学習の成果として収集する証拠の形を変更する。これには、以下のような方法が考えられる。
- 下書きの提出を求める。
- ツールと交わした対話の履歴を提示させる。
- 執筆過程で行った2つの決定(選択)について説明させる。
- 自分の考えを口頭で説明する時間を2分間与える。
もし、生徒自身による有意義な関与が一切なくても課題が完了できてしまうのであれば、その課題そのものに再考すべき点があるという有用な気づきが得られるだろう。
今週起きた一連の動きは、主要な機関がその境界線をどこに引くべきかを模索している興味深い一例だ。ニューヨークは一方の道を選び、ロサンゼルスは別の道を選んだ。そしてAI企業は、教師の手に強力なツールを無料で提供することで、独自の境界線を引きつつある。
これらの決定のどれもが、最終的な答えではない。しかし、今すぐ完璧な答えを期待するのはやめよう。私たちは正しい情報を得ながら前進し続け、自らの学びにつながる決断を下していくべきなのだ。



