※この記事は2014年5月発行の米誌「Forbes」に掲載されたものです。
マイクロソフトの成長が減速し、ポストPCの世界でウィンドウズの存在感が薄れつつあるなか、サティア・ナデラは巨額の利益とともに巨大な課題を引き継いだ。新CEOの秘密兵器は何だろうか。それは「怒鳴らないこと」である。
サティア・ナデラが20歳で米国に渡ったとき、彼はある問題を抱えていた。このインド人移民の若者は、急成長するアメリカのハイテク業界へ一刻も早く飛び込むため、コンピュータサイエンスの修士号の最短取得を望んでいた。しかし、資金には余裕がなく、故郷マンガロールでの大学時代の準備教育も不十分だった。1988年、米ウィスコンシン大学ミルウォーキー校の教授陣は、彼を成長の遅い学生だと見なした。彼のソフトウェア研究の学力不足は深刻で、卒業にはもう1年余計にかかるのではないかと思われた。
そんな悠長なことはしていられない。
わずか数カ月で、ナデラは大学の要求水準に追いついた。さらに、小遣いを稼ぐためにプログラマーのアルバイトも手に入れた。1990年の春までに、彼は標準的な修業年限である2年間での卒業を目指し、コンピュータ・アルゴリズムに関する修士論文の完成に向けて疾走していた。彼にそれだけの時間があったのだろうか。同大学のK・ヴァイラヴァン教授は、ある朝コンピュータ室に入ったときの光景を覚えている。部屋の隅に寝袋があったのだ。それはナデラが時間を節約するための工夫だった。彼は午前3時まで研究室で実験をおこない、仮眠をとってから、作業を再開していたのである。
ナデラはそれ以来、常に上司たちを驚かせてきた。彼は1992年にマイクロソフトに入社した。2011年までに、彼はCEOのスティーブ・バルマーに直属する5人の上級副社長の1人に登りつめた。マイクロソフトが2013年8月に新リーダーの選定を始めた際、取締役会はナデラを有望な後継候補と見なしていた。ただし、それは彼がもう少し経験を積んだ先の話だと考えていた。しかし、取締役たちが彼をさらに詳しく調査すると、その資質は高く評価された。2月4日、マイクロソフトは発表をおこなった。細身で個性的な眼鏡をかけた46歳のナデラが、同社の次期リーダーに就任すると明かしたのである。
うまく経営されている企業は、内部昇格を好む傾向がある。機能不全に陥った企業は、破滅を避けるために外部から人材を雇う。マイクロソフトの新CEO探しは6カ月におよんだ。その過程では、フォードの再建請負人である68歳のアラン・ムラーリーの名前も公然と取り沙汰された。この経緯は1つの疑問を投げかける。マイクロソフトはうまく経営されているのか、それとも機能不全なのか?



