マイクロソフト社内では、ナデラが戦略のアイデアを練ろうとするときはもちろん、たとえそれを望んでいないときでさえ、常にビル・ゲイツという存在が背後に控えている。58歳になる共同創業者のゲイツは2000年にCEOを退いたが、会社から完全に身を引いたことは一度もない。バルマーの時代、ゲイツは非常勤の取締役会長を務めていた。現在、彼はナデラの「技術顧問」を務めている。
早くも2005年の時点で、ナデラはゲイツと対等に渡り合う方法を心得ていた。目撃者たちによると、ナデラはへつらったり守勢に回ったりせず、ゲイツに対して戦略的な難問を提示する手法を身につけていた。世界一の富豪であるゲイツは極めて議論を好み、問題解決に没頭することを何よりも愛している。ひとたび議論が始まると、ナデラは2人で一緒に吟味できる新たな情報を提供した。マイクロソフトのオフィス事業の元トップであるカート・デルベネは振り返る。
「軌道修正に向けた徹底的な議論にビルを上手く巻き込むことにかけて、サティアの右に出る者はいませんでした」
エバーコア・パートナーズによると、マイクロソフトは全売上高の58%、全利益の75%を法人向け事業から得ている。ナデラはその法人部門の方向性を定めるうえで有利な立場にいる。より困難な任務は、スマートフォン、Xbox、Bing、スカイプといった不安定な消費者向け事業について、迅速に方針を決めることである。
昨年、バルマーがノキアの携帯端末事業の買収を決めた際、ナデラはその76億ドルに及ぶ買収に対して当初疑問の声を上げたと報じられている。携帯電話で世界首位の座を失っていたノキアは、スマートフォンへの移行を見誤り、市場シェアわずか3%のウィンドウズ フォン用OSに依存する結果に陥っていた。グーグルのアンドロイドが78%、アップルのiOSが16%を占める状況のなか、マイクロソフトが勝利を収める道筋を描くことは極めて困難である。
オフィスに寝袋を持ち込むとき
今のところ、ナデラは傾聴モードを崩していない。マイクロソフトのゲーム機「Xbox」は、小幅な黒字を維持しているとみられている。だが、マイクロソフトがその事業に注ぎ込んできた数百億ドルを正当化できるほどの実績ではない。だが擁護派に言わせれば、消費者向け事業はどれも戦略的に欠かせない。Bingの検索機能がウィンドウズ フォンを裏で支えているように、相互の相乗効果が働いているというわけだ。元マイクロソフト最高財務責任者(CFO)であり、現在はベルビューのイグニション・パートナーズでベンチャー投資家を務めるジョン・コナーズは言う。
「取締役会は、消費者向け事業を整理するために、ナデラへ少なくとも1年か2年の猶予を与えるはずです。しかし、彼に10年もの時間を与えることはないでしょう」
ナデラが時間を浪費するのではないか、などと取締役会が気をもむ必要はない。そもそも決断の遅い人間が、46歳という若さでマイクロソフトのCEOに登り詰められるはずもない。2019年のマイクロソフトは、一般消費者向けサービスに躍起になるグーグルというより、ビジネスに特化したIBMに近い姿へと変貌を遂げているはずだ。そして、新CEOがオフィスに寝袋を持ち込み始めたとしたら——。そのときは気をつけたほうがいい。


