2026年夏の初め、米紙ニューヨーク・タイムズの解説コラムに「働く親たちの時間との戦いは負け戦か」と題した記事が掲載された。ピュー・リサーチ・センターの調査を引用したこの記事によると、フルタイムで働く親の60%が「子どもと過ごす時間が十分でない」と感じており、ほぼ同じ割合が「パートナーと過ごす時間も足りない」と感じている。女性はさらに強い時間的プレッシャーを報告しており、4分の3近くが「趣味の時間がない」と答え、3分の2が「リラックスする時間がない」と答えている。
これらの調査結果は、テクノロジーやリモートワーク、スマートフォンの普及によって仕事と家庭の境界線が曖昧になった労働市場についての、よくある言説と一致する。その説明は現実の側面を捉えている。しかし、ナレッジワーク(知識労働)に従事する多くの働く親にとって、それがすべての理由ではないかもしれない。
ナレッジワーカーは、考えることを生業としている。複雑な課題を解決し、判断を下し、専門知識を通じて価値を創造する。また、その多くは仕事の組み立て方について大きな裁量を持っている。スケジュールの大半を雇い主に決められている労働者と比較して、彼らはいつどこで働くかをより自由にコントロールできることが多い。それにもかかわらず、多くの人が依然として慢性的な時間不足を感じている。
自身の経験から言えば、しばしば見落とされる理由が1つある。それは「価値創造の曖昧さが時間的プレッシャーを悪化させる」ということだ。
どの業務が最も高い価値を生み出すかが明確でないと、私たちは「緊急性」を基準に意思決定をしがちになる。メール、会議、依頼、事務作業のすべてが均等に重要であるかのように思えてくるのだ。カレンダーは予定で埋まっていくが、それが最も価値を生む仕事であるとは限らない。その結果、単に生産性が低下するだけでなく、常に時間が足りないという感覚がつきまとうことになる。
この感覚には覚えがある。キャリアの初期、私はすべての業務をうまくこなそうとするあまり、常に時間が足りないと感じていた。すべての責任を同等に重要として扱っていたのだ。
転機となったのは、自分がすべてをこなすために雇われたのではなく、価値を創造するために雇われたのだと気づいたときだった。



