近視による国内の経済的損失が、年間中央値で約4兆円に上る――。そんな推計を示した査読論文が、国際学術誌『Journal of Global Health Economics and Policy』に掲載された。論文を単著で執筆したのは、窪田製薬ホールディングス代表取締役会長、社長兼CEOで医学博士の窪田良氏。同社によると日本における近視に起因する経済的損失を対象とした査読論文は、同社が知る限り初めてだという。
近視による「労働生産性の低下」
論文では日本における近視による経済的損失を、年間の中央値で約4.0兆円(264億米ドル)と推計した。95%信用区間(推計値が含まれると考えられる範囲)は1.7兆~8.3兆円。一定の条件を置いて算出した基本ケースでは4.3兆円(285億米ドル)で、国内総生産(GDP)の0.64%に相当するとしている。
注目されるのはその損失の中身だ。推計された経済的損失の約77%を占めたのは治療費ではなく、労働生産性の低下だった。中国都市部を対象とした先行研究と同様の構造が確認されたという。さらに、いくつかの条件を想定して2050年の経済損失を試算したところ、近視対策の進展度合いに応じて、年間5.0兆~10.7兆円(332億~711億米ドル)となった。ただし、これらの数字の扱いには注意が必要だ。2050年の数値について論文では、現在の傾向などをもとに条件を設定して算出した例示的な試算であり「予測値ではない」としている。
また今回の推計は「近視が就労者の生産性にどの程度影響するのか」という、日本ではまだ直接測定されていない要素に大きく左右される。論文によると、この影響を測定した日本国内の研究は存在しないという。したがって今回示された「約4兆円」は、日本国内で実際に発生した経済損失を集計して算出した確定値ではなく、一定の条件に基づく推計値として見る必要がある。この点は留意したい。
日本で実際に測ることが次の課題
論文では近視が就労者の生産性に及ぼす影響について、日本国内のデータが存在しないことを今回の推計における最大の不確実性要因として挙げている。そのうえで今後は、職場に出勤していても何らかの不調によって十分なパフォーマンスを発揮できない状態や、目のピントを合わせる機能、デジタル機器の使用に伴う眼精疲労症状などを実際に測定することが重要だとしている。今回の研究自体も、日本全体で実際に発生している経済損失を確定するものではなく、今後の実証研究を促すための「探索的なモデリング研究(一定の条件を設定して影響を推計する研究)」と位置づけられている。
窪田氏は「近視は眼鏡による視力矯正で対応できるものと捉えられ、これまで経済的な課題として十分に認識されてこなかった」と指摘。今回の分析では、損失の大部分が稀な重症合併症ではなく、幅広い就労者の生産性への影響から生じている可能性が示された一方、その影響を日本ではこれまで測定したことがないとして、国内での研究の必要性を訴えている。
国の基本方針にも「近視予防」
近視予防をめぐっては、国の動きもある。2026年7月21日に閣議決定された『経済財政運営と改革の基本方針2026(骨太の方針2026)』では、第3章3.(2)「公教育の再生、研究活動の活性化」のなかに、「体験活動や読書活動、栄養教諭を中核とした食育や歯科保健教育、近視予防を推進する」と明記された。つまり、子どもの近視予防が国の推進する施策として政府の基本方針に盛り込まれたことになる。窪田氏はこれに先立ち、2026年4月に近視による国内の経済的損失に関する推計を公表するとともに、超党派の国会議員をはじめとする関係各方面に対し、子どもの近視予防を国の政策課題として位置づけるよう政策提言活動を続けてきたという。
今回の論文では、約4兆円という推計をどのような計算方法や条件で導き出したのかについても公開している。これにより、第三者が同じ計算を再現したり、結果を検証したりできるようにしている。また、著者である窪田氏が窪田製薬ホールディングスの創業者・会長・CEOであることや、論文掲載料を同社が負担したことも利益相反として明示されている。なお、論文には特定の製品について、費用対効果や価格に関する主張は含まれていない。
今回の推計には、日本国内の実証データが不足しているという課題も残る。しかし、これまで「眼鏡などで矯正すれば済む」と捉えられがちだった近視を、労働生産性や経済損失という視点から捉えた点はとても興味深い。国の基本方針にも「近視予防」が盛り込まれるなか、今後、日本での実証研究が進むことで、近視が社会や経済に及ぼす影響もより具体的に見えてきそうだ。
論文:オープンアクセス(CC BY 4.0)で公開



