AIがいかに賢いかは誰もが知っている。米国の司法試験やMCAT(医科大学院入学試験)に合格し、コードを書き、最も難解な微積分の問題ですら解説できる。あらゆる本を読破した聡明な子どものような存在だ。それでいて、幼児が当たり前のように使いこなす現実世界を歩き回るための感覚器を、いまだ持ち合わせていない。
今週ベルリンで開催される欧州最大級のテック・イベントの一つ、Innovation For All(IFA)2026に登場する多くのガジェットは、まさにこの欠落を克服しようとしている。言い換えれば、身体を持たなかったAIが、見るための目と、物理的な現実を歩き回るための身体を獲得しつつあるのだ。9月4日(金)に幕を開けたカンファレンスに合わせ、筆者はチャットボックスに閉じ込められたAIから「身体を持つ知性(エンボディード・インテリジェンス)」へと飛躍を試みる3社を取材した。そこから見えてきたのは、単一の製品を超えたはるかに大きな変化である。
その前に、企業が身体を持つAIを高収益分野として追求するに足る十分な理由があることに触れておきたい。「モルガン・スタンレー・リサーチの予測によると、ヒューマノイド市場は2050年までに5兆ドル(約775兆円)規模に達する可能性があり、これには関連するサプライチェーンや修理、保守、サポートも含まれる。2050年までに10億体以上のヒューマノイドが実用化される可能性がある」と同社のウェブサイトは伝えている。
陸上:あなたのそばで暮らすロボット
「我々の見立てでは、多くの人が最初に所有するロボットは働きバチのような存在ではない。むしろリビングに置かれる、コンシューマー向けのパーソナル・ロボットになるだろう」と語るのは、PrimeBOTのCEO、ティエン・フア(Tian Hua)だ。同社はIFAで2つのモデルを発表する。パーソナライズされた対話、創造性、学習体験に焦点を当てた、コンパクトでプログラミング可能な個人用ヒューマノイドロボット「PrimeBOT Q1」と、知的パートナーシップ、移動、生活支援のために設計された変形可能なパーソナル・ロボット「PrimeBOT T1」だ。
これらの製品には、アイザック・アシモフの『われはロボット』や『バイセンテニアル・マン(アンドリューNDR114)』といった20世紀の人気小説で語られてきたSF的夢想の実現という約束が込められている。2012年の映画『ロボット・アンド・フランク』もまた、人と機械が共生する関係を予見していた。長らく大衆娯楽の中で示唆されてきたその世界が、いま実装されつつある。
「身体を持つAIの訓練にはなお課題が山積しているが、そう遠くない未来、パーソナル・ロボットがより高度な創造性や自己表現の新たな媒介となるだろう。ヒューマノイドがより個別化された対話を行うにつれ、その兆しは既に芽生えつつある」とフアは語る。
野外:見ているものを認識するスマート双眼鏡
身体を持つAIには、文字通りの「身体」以上のものが必要だ。見て知的に反応できる合成の「目」が、次のカテゴリーを占める。テクノロジー・ハードウェア企業MatataXploreが展示するSolvia 8x32は、一見すると普通の双眼鏡にしか見えない。
だが深く覗き込めば(洒落ではないが)、これまで野外で種の同定を自らの専門知識に頼るしかなかったバードウォッチング愛好家のために設計された知性のレイヤーが備わっていることが分かる。1万種以上を正確に識別できるこの製品は、脳を伴ったもう一組の目として機能する。「双眼鏡は何世紀にもわたり、人々が遠くを見るのを助けてきた。AIによって、いまや見ているものを識別し、より深く理解する助けにもなる」と、同社COOのシャオション・ジェン(Xiaoxiong Zheng)は声明で述べる。「我々の目標は、テクノロジーが体験そのものを損なうことなく、自然の探索をより身近なものにすることだ」
その含意は考える価値がある。テクノロジーが我々の生活で過度な役割を果たすようになるにつれ、多くの人々が自然から切り離され、祖先が有していた身体的なリテラシー(自然に関する知識や理解)を失っていることは周知の事実である。この点に関して、学術誌『Biological Conservation』に掲載されたオランダの学童を対象とする査読論文は、「専門家と一般人との間で種に関するリテラシーに大きな乖離があることが判明した。特に子どもたちは身近な在来動物についての知識が乏しく、正しく識別できたのは平均でわずか35%にすぎなかった」と報告している。
Solvia 8x32のようなテクノロジーは、身体を持つAIが普及するにつれ、自然界への知識と関心の復活につながる可能性を示唆している。家庭内のヒューマノイドとの出会いと同様、我々はまもなく、テクノロジーが動植物との一体感をより深めるという、また別の共生の形を目にするかもしれない。
海中:知的なダイビング・マスク
身体を持つAIの話題を続けよう。テクノロジーはこうした身体的な探求をほかにどう支援できるのか。今度はダイバーというもう一つの愛好家グループに目を向けると、スマートフォンの制約から解き放たれた知的スポーツの未来像が垣間見えてくる。長年、ダイビング愛好家は厄介な問題に直面してきた。深度や残酸素量といった、ダイバーの命を守る重要な情報をモニタリングするために、海中にスマートフォンを持ち込むことができないという問題だ。
水中技術企業AREXはこの課題を解決するべく拡張現実(AR)に着目し、マスク自体に組み込んだダイブ・コンピュータを開発した。会議や面接、通話、さらにはデートの場面でリアルタイムの回答をささやきかけるスマート画面オーバーレイを提供するアプリCluelyと同様、この技術は視界の端に浮かび、ヘッドアップ・ディスプレイを通じてダイバーに必要な情報を届ける。「水中にもう一つの画面を置きたかったわけではない。そもそもダイバーがどう情報とやり取りするかを再考したかったのだ」と、事業開発・マーケティング責任者のマキシム・シェミナード(Maxime Cheminade)は声明で述べている。
サンゴ礁でのダイビングから洞窟探検のナビゲーションまで、このテクノロジーの用途を広げて考えてみると、身体を持つAIの活用が、危険を伴う現場作業のあり方をまもなく一変させる様子が想像できる。警察活動や消防活動もダイビングと共通点がある。これらの活動では、100%現場に集中していないことが命に関わるリスクとなる。
少し前、米国土安全保障省(DHS)は、全米の消防署が「濃い煙の中でも視界を確保できるヘルメット装着型の屋内可視化・ナビゲーション装置」のテスト参加を申請できるようになったと発表した。「テキサス州オースティンに拠点を置くスタートアップQwake Technologiesが開発したこのプロトタイプ、通称C-THRUは、状況認識能力を高めることで消防士の活動速度と有効性を向上させ、同時に発がん性の環境への曝露を減らすことを目指している」という。
チャットボックスを抜け出す競争
IFAを越えて眺めてみれば、AI時代はフロンティア・モデルがチャットボット機能を改良し、米国企業により優れた業務ツールを提供しているという理由だけで減速するわけではないことがますます明らかになる。上記の各動向が示すように、真の競争は身体を持つAIというカテゴリーで繰り広げられているようだ。
モルガン・スタンレーの予測を踏まえれば、現実を支える感覚と身体性を次第に模倣する次世代テクノロジーを生み出す大きな機会が存在する。今週ベルリンで起きていることは、ロボット革命が着実に進行していることを示している。かつて書かれたあらゆる本を読破した聡明な子どもであるAIは、ついに図書館を出て、現実世界へと足を踏み出そうとしている。



