Apple(アップル)にとっての2008年は、2代目となるiPhoneの、言わば「生みの苦しみ」を伴うセカンドアルバムのリリースで幕を開けた。3Gの携帯通信ネットワークへの対応という極めて重要なアップグレードにあたり、スティーブ・ジョブズは「iPhone 2」という名称を退け、その新機能を前面に押し出すことにした。2008年6月に開催されたアップルの「Worldwide Developers Conference(世界開発者会議:WWDC)」の参加者たちに、iPhone 3Gがお披露目された。
本稿は、スマートフォン時代を形づくった瞬間を振り返る「30 Days of iPhone」の4日目である。
iPhone 3Gの全米販売と世界展開
この新しいスマートフォンは、7月11日金曜日に発売された。その3日後、iPhone 3Gの販売台数は100万台を突破した。これに対し、初代iPhoneが100万台に達するまでには72日、初代iPodが同数に達するまでには2年近くかかっている。もっとも、アップルにはiPhone 3Gにおいて有利な点があった。2007年の初代iPhoneが4カ国での発売だったのに対し、iPhone 3Gは21カ国で同時発売されたことだ。
2008年末までに、アップルのiPhone 3Gは米国市場を席巻した。最大の競合はMotorola(モトローラ)の「Razr(レーザー)」シリーズであり、調査会社NPDの報告によると、同年の第4四半期に、iPhoneはこの折りたたみ式携帯電話を追い抜き、クリスマスシーズンに最も売れた携帯電話となった。クパチーノ(アップル本社)のクリスマスツリーの下にあったプレゼントはこれだけではなかった。企業レベルの販売台数において、アップルはResearch In Motion(リサーチ・イン・モーション:RIM)と同社の象徴的な「BlackBerry(ブラックベリー)」シリーズを追い抜き、全米第2位のスマートフォンメーカーとして銀メダル(2位の座)を獲得したのだ。
iPhoneに敗れたブラックベリーとRazr
アップルはこの時点から米国市場の首位を維持し続けることになる。競合に敗れて売り上げを落とした唯一の例外は、2020年の第3四半期だった。新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の世界的流行が世界経済に与えた影響により、アップルはiPhone 12の発売を9月の第2週から10月の第2週へと延期した。夏場における「Galaxy Note 20」やミドルレンジモデルの「Galaxy A」シリーズの好調な販売により、Samsung(サムスン)が首位に躍り出た──わずか1四半期だけではあったが。
とはいえ、iPhone 3Gはアップルに、今日まで続く米国市場でのリードをもたらした。
本稿は「30 Days of iPhone」の4日目である。昨日は、傷のついたiPhoneのプロトタイプが、どのようにして80億台のデバイスを保護する新しいガラスのデザインにつながったのかを振り返った。



