私は常に、ある同じような質問を投げかけられる。それは「米国の製造業は危機に瀕しているのか?」というものだ。人々がそう尋ねる理由はよくわかる。ニュースの見出しは、労働力不足や工場の老朽化、そして激しい競争に追われる企業の姿であふれているからだ。しかし、私はこの1週間、出張先で顧客とまさにこれらのテーマについて語り合ってきたが、ここ数年で最も胸を躍らせながら帰路についた。課題が現実のものではないからではない。それらは厳然として存在する。しかし、そうした課題への取り組みこそが、いまの米国経済において最もエキサイティングな物語の1つでありながら、それを正しく伝えている人がほとんどいないからだ。
労働力不足の背景にある真の数字
まずは、人々が思わず立ち止まるような数字から紹介しよう。約7年前、米国の製造業者が従業員のトレーニングに費やしていた費用は、年間およそ22億6000万ドル(約3500億円)だった。現在、その額は320億ドル(約4兆9600億円)に迫っている。これは、業界全体が自らの小切手帳をもって、「すでにやり方を知っている人間を採用する」という古いモデルが終わりを迎えたことを認めた証拠だ。
なぜこのようなことが起きているのか。それは、私たちがつくる製品が劇的に複雑化しているからだ。私のガレージには1974年式の「ブロンコ」があり、丸一日かけていじることができる。それは純粋に機械的(メカニカル)だからだ。しかし、目の前に2026年式の「ブロンコ」を置かれたら、その作業ははるかに困難になる。この複雑さの飛躍を、ロケットやデータセンター、ヒューマノイドロボット、現代の自動車組み立てラインにまで広げて考えてみれば、2019年以降、ドルベースでトレーニングコストが22%上昇した理由が見えてくるだろう。私たちは、同じ仕事をより上手くこなせるように人々を訓練しているのではない。10年前には存在しなかった仕事をこなすために訓練しているのだ。
そして、見出しにはならない部分がある。これは大手自動車メーカーや航空宇宙大手だけの話ではないということだ。米国の製造業者の3分の2強は、従業員15人以下の小規模事業者だ。CNC加工工場だけを見ても、国内におよそ3万社あり、そのうち2万社以上が従業員15人以下である。真の研修負担は企業の人材開発部門で発生しているのではない。2世代、3世代続く家族経営の工場の現場で発生している。そこにコストが最も重くのしかかっており、そこに最大の機会がある。
問題は「人材」ではなく「物語」にある
私が常に考えていることがある。それは、製造業がいまだに「叔父や父、あるいは祖父の時代の生業」というイメージを引きずっていることだ。先日、オハイオ州デイトンであるメーカーと何社かの顧客を訪ねたが、現場を歩くと、働いているのは定年間近の人々がほとんどだった。
私の義父は、交通安全のために橋や高速道路上でコンクリート製の中央分離帯を物理的に移動させる機械を製造する会社を立ち上げた。そこを通るたびに、私は子どもたちに「おじいちゃんがこれをつくったんだよ」と指さして教えている。身の回りにある物理的な世界を指さし、「これは誰が設計したのだろう」と問い始めると、その好奇心は連鎖していく。サッカースタジアムにいるヒューマノイド、軌道上の人工衛星、車のボリュームつまみを回したときのクリック感――そのすべてを、誰かが製造しなければならなかった。こうした好奇心は人間に生まれつき備わっているものだと私は思う。私たちは根っからの「つくり手」なのだ。業界の役割は、人々にそのことを思い出させ続けることにある。
誰も語らない「精度」の問題
この物語の中で、もっと注目されるべき部分がある。ヒューマノイドロボットの製造には、驚異的なレベルの製造精度が要求されるという点だ。腕や手首を動かすアクチュエーターは、5〜10ミクロンの公差(許容誤差)に抑えなければならないことが多い。比較対象として、人間の髪の毛の太さは約50〜100ミクロンだ。つまり、髪の毛の太さの数分の1という超高精度な部品を、繰り返し、大量に製造することになる。私たちはまさに、規模を維持しながら製造可能な物理的限界に達しつつあるが、その公差レベルで製造するためのサプライチェーンは、まだ完全には存在していない。
これこそが、単なるスローガンではなく、「公差の累積」という極めて現実的な国内回帰(リショアリング)の根拠なのだ。より成熟した製造地域と競合できないのではないかと懸念する人々には、「米国を侮ってはいけない」と言いたい。30年前、中国は精密製造で知られていたわけではなかった。さらに遡り、第2次世界大戦直後の日本は、高精度ではなく「低コスト」の地域として知られていた。しかし、日本は自ら変革を選択し、その評価を完全に覆した。こうした変革は、国家がそれを選択するからこそ起こる。いま、米国はそれを選択しつつあると私は信じている。そして、私たちはこの未来を米国の地で構築していく。私たちをより早く目的地へと導いてくれる戦略的同盟国を排除するのではない。彼らと手を取り合って進むのだ。
姿勢は譲れない。それ以外はすべて教えられる
採用について私と10分以上話したことのある人なら、次のような言葉を聞いたことがあるはずだ。「姿勢をコーチングすることはできないが、それ以外のことならほぼ何でも教えることができる」。私は、学ぶ姿勢(ラーニング・マインドセット)を持ち、粘り強く物事に取り組んできた実績のある人物を求めている。そして、その実績は必ずしも一流大学のものである必要はない。地域社会への関わり、スポーツ、ボランティア活動などへの取り組み姿勢にそれは現れる。そうしたマインドセットを持つ人々に舞台を与えれば、彼らは自ずと会社や顧客のために力を尽くしてくれるだろう。
この哲学こそが、AIが製造業の労働者に取って代わることはないと私が考える理由でもある。何十年もの間、ロボットが組み立てラインから人を追い出すと予測されてきたが、いまでも組み立てラインには人間がいる。今年で11回目を迎えた当社の「2026年版 製造業・サプライチェーン現状レポート」では、リーダーの97%が「AIはワークフローの中核をなす」と答えた。残りの3%にぜひ会ってみたいものだ。しかし、AIは道具箱(ツールチェスト)の中の1つの道具にすぎず、道具箱そのものに取って代わるものではない。ミスミでは、好奇心旺盛な従業員が自ら次のツールを学べるよう、LinkedInラーニングなどのプラットフォームへの無料アクセスを提供している。前述したミクロンレベルの公差を達成するためには、そうした支援が必要だと考えている。つまり、AIは人間の代替ではなく、人間を拡張するものであるべきだ。
私が楽観的な気持ちで帰路についた理由
トレーニングへの投資、次世代に向けたより良い物語、未来が求める精度、自らの過ちを正すために築かれた企業文化、姿勢を重視する採用哲学、そして脅威ではなくツールとして扱われるAI。これらすべてを掛け合わせると、この業界が単に困難な時期を生き延びているだけではないことがわかる。製造業は、ここ数十年で最も強い意志を持って、自らを再構築しているのだ。
私はキャリアのすべてをこの分野で過ごしてきたが、決して大げさに言っているわけではない。製造業はいま、私の人生の中で最もエキサイティングな10年を迎えている。私たちは、人々の耳に届くのに十分なほど大声で、その物語を伝え続けなければならない。



