米国の輸出規制が中国の量子供給網整備を促す
2019年の記事にはなかった大きな要素が、量子技術に特化した輸出規制の登場だ。米商務省産業安全保障局(BIS)は2024年9月、量子コンピューターと関連機器を対象にした輸出規制を確定した。規制区分ECCN 4A906.a.1には、完全に制御され、相互接続され、稼働する物理量子ビットを34以上100未満備える量子コンピューターが含まれる。対象となる条件には、2量子ビット演算であるC-NOTゲートのエラー率が10⁻⁴以下であることも含まれる。規制は、量子チップを極低温に保つ希釈冷凍機などの主要機器にも及ぶ。
米財務省の対外投資規則は2025年1月2日に発効した。米国人による中国の量子コンピューティング、軍事利用向け量子センシング、量子通信システムへの投資を禁じている。2024年5月にはエンティティー・リストに中国の量子関連組織22件が追加され、極低温技術の供給企業や科学機器の販売企業にも規制が広がった。
輸出規制には、中国国内の供給網整備を加速するという意図しない結果もあった。米国が最初の規制を導入してから2年以内に、中国は希釈冷凍機の国内生産を始めた。それ以前、希釈冷凍機などの極低温システムはフィンランドのBlueforsと英国のOxford Instrumentsからほぼすべて調達されていた。
(編注:日本ではNTTとOptQCが、光子を利用する光量子コンピューターの開発を進めている。超伝導方式が量子ビットを極低温まで冷却する必要があるのに対し、光量子方式は常温・常圧で動作でき、大型の極低温冷却装置を必要としない。NTTとOptQCは2030年度までに、誤り耐性を備えた100万量子ビット級の光量子コンピューターを実現する目標を掲げている)
米中は異なる優位、勝負は全体をつなぐ力へ
2019年当時、米中の量子競争は大まかにいえば、米国の大学・研究機関と新興企業が、中国政府主導の戦略投資と競う構図だった。米国の企業・研究機関と中国の国家投資が競う構図は続いているが、競争の核心は変わった。ハードウェア、誤り訂正、ソフトウェア、通信網、標準、供給網、人材、顧客までを1つの産業基盤として先に結びつけ、戦略的優位を得るのはどちらかという競争になっている。
著者は、多様な企業が参加する商用量子コンピューティング基盤では米国が先行しているとみている。ベンチャー投資を受けた新興企業、クラウド経由で量子コンピューターを使える環境、企業の実証計画、巨大IT企業による大規模システムとの統合を組み合わせる力で、中国は現在の米国に及ばないという評価だ。IBMによる100億ドル(約1兆5500億円)超の投資、グーグルの量子誤り訂正に関する成果、米政府が企業の少数持ち分を取得する産業政策は、著者が2019年の記事を執筆した時点では想像できなかった規模の官民投資だ。世界で導入が進む耐量子暗号標準でも米国が先行している。IBMが設けた量子優位性の追跡指標では、量子コンピューターが古典計算を実用面で上回る事例が現れ始めたとされる。著者は、この分野で中国が米国に追いつくのは難しいとみている。
中国は、量子通信インフラと国家規模で集中的に導入する力で先行している。1万2000キロを超える量子通信網、衛星を使うQKD、1218億元(約2兆8014億円)の国家ベンチャーキャピタル誘導基金は、米国がまだ再現できていない国家的取り組みの規模を示す。
実用化を左右するのは誤り訂正と有用な用途
著者は、米中の量子技術競争の行方を左右する要因として2つを挙げている。1つは大規模なフォールト・トレランスを実現すること、もう1つは、フォールト・トレラント量子コンピューターで従来の計算機には難しい実用的な処理を実行できる用途を開発することだ。IBM、IonQ、QuEraなど米国の複数企業は、2028~2029年を目標にフォールト・トレラントなシステムを構築するロードマップを公表している。中国は実現時期をまだ公表していないが、著者は米国企業が示す時期と大きくは離れないと推測している。
AIと量子技術が長期の米中競争を形作る
著者は、量子コンピューティングと人工知能(AI)の双方を歴史的な技術革命と捉えている。ただ、進展の速度と社会への影響は大きく異なる。生成AIが急速に社会へ広がり始めたのは2022年後半で、グーグルが量子超越性を発表した2019年から約3年後だった。2022年後半以降、一般の人々や経済に与えた影響はAIの方が大きい。
社会・経済への影響は大きく異なるものの、著者はAIと量子技術の双方が新しい技術時代を支える柱になるとみている。米国と中国は両分野の主導権を巡って激しく競っている。長期的に両技術が人類を前進させるのか、不安定化させるのかはまだ分からず、世界の指導者がどのような判断、統治、倫理的な歯止めを設けるかに左右される。著者は、世界の安全保障、商取引、地政学を形作る米中の戦略競争が、今後数十年にわたり高度なAIとフォールト・トレラント量子コンピューティングが交わる領域で展開されると考えている。


