従来のエグゼクティブ・プレゼンスの文脈で「装い」が語られるとき、多くの場合は「権威を示す服」「信頼感を与える服」「上質さや格を感じさせる服」という方向に議論が向かっていた。スーツの色、素材の質感、アクセサリーの選び方……そういった話だ。
もちろん、それは間違いではないし、長い間「基準値であり正解」とされてきた。それは今もなお、重要なスタンダードの一部だ。しかし、それだけでは語りきれないものが、現在のグローバル社会におけるプレゼンスには存在する。
それが「場のストーリーを想像する力」だ。
2026年6月、ニューヨークでニューヨーク・ニックスの53年ぶりのNBAチャンピオンシップを祝う優勝パレードが行われた際、ゾーラン・マムダニ市長の傍らに立ったファーストレディ、ラマ・ドゥワジの装いが注目を浴びた。
そのスタイリングについてはこちらの記事で解説している。本稿では、彼女が可視化している新しい世代のエグゼクティブ・プレゼンスの本質をより詳しく描く。「場のストーリーを想像する力」を持つ彼女は、日常的な選択と、公的な場におけるメッセージが一致しているのだーー。
「場のストーリー」とは何か
もしこの日が就任式や国際的な公式晩餐会であったなら、クラシカルで格調のある装いが求められただろう。場の持つ重厚感と、装いの持つ重厚感を合わせることが、その場での最適解になる。
しかし、バスケットボールの優勝パレードは、まったく別の文脈を持つ場だ。夜明け前から沿道に並んだ市民が、Tシャツ一枚でスターたちを迎える、街全体の祝祭だ。熱狂があり、色があり、笑顔がある。その場に従来型の堅いジャケットスーツで現れていたなら、市民との間に距離を生んだ可能性がある。権威を示すはずの装いが、かえって「場のストーリーを想像できていない人」という印象を与えかねない。
ラマがまとったトップは、沿道の市民が着ていたのと同じ「ニックスのTシャツ」から作られていた。街と同じ布をまといながら、それをアートとして昇華させる。Tシャツという素材はカジュアルに分類されるが、この装いは「カジュアルダウン」ではない。場の文脈を正確に想像し、その場にふさわしい表現を選び取った結果だ。
エグゼクティブ・プレゼンスとは、常にフォーマルであることや、同じ自分を提示し続けることではない。場によって何が求められているかを想像し、その文脈に最も響く表現を選び、自分の主軸、担う役割、思想を一つのトーンとして表すことだ。
そしてこの「場のストーリーを想像する力」は、視覚言語で世界と対話してきたアーティストであればなおさら、自然に持ち得る能力でもある。



