これは単なるファッションの話ではない。公的な立場にある人が、何を代表し、何を可視化し、どの声に光を当てるのか。その選択によって、人々の認識を動かしていくリーダーシップの話でもある。
政治家の配偶者には、政治的に敏感な選択を避け、できるだけ多くの人に受け入れられる装いと姿勢が期待されがちだった。しかしラマは、大手メゾンではなく、独自の文化的背景と明確な価値観を持つ独立系デザイナーを選ぶことで、インディペンデントなクリエイターのエコシステムを支持する。
アップサイクルのトップにヴィンテージのレンタルスカートを合わせることで、消費そのものへの問いを公的空間に持ち込む。独立系デザイナーの仕事を選ぶことで、その存在を、ファッション業界を越えたより広い層の目に触れさせる。
それは、公的なメッセージを作るためだけに外側から付け加えられたものではない。彼女の日常的な選択と、公的な場におけるメッセージが一致している。だから無理がなく、押しつけがましくもない。
「ファーストレディ」という言葉は、往々にして誰かの隣に立つ役割として語られる。しかしラマ・ドゥワジには、その言葉よりも先行するものがある。彼女はまず、「アーティスト」だ。
シリア系の家庭に生まれ、ドバイで育ち、現在はニューヨークを拠点に活動している。移民のアイデンティティや、これまで十分に可視化されてこなかった人々の経験を、線と色と動きで表現してきた人だ。そのアーティストが28歳でファーストレディになった。
彼女は、ファーストレディのドレスコードを書き換えると宣言しているわけではない。自分自身の意思と基準を持って選択し行動した結果として、従来の役割の意味が更新されたのだ。役割に自分を合わせるのではなく、自分の価値観によって役割の意味を更新していくということだ。
プレゼンスとは、作り込まれた在り方や外見のことではない。本人が積み重ねてきた価値観と、その場で選び取った表現が一致したときに生まれる説得力である。
それこそが、プレゼンスの本質ではないだろうか。


