多くの組織は、自らを深刻に捉えすぎている。いつの間にか、優れた仕事をすることと、常に警戒と緊張の状態で動くことが混同されるようになった。そして、その混同から抜け出せないままの組織文化も少なくない。
誤解のないように言えば、これは厳しく、真剣で、意義ある仕事に反対する主張ではない。素晴らしいことを成し遂げるには、集中力と強い意志が必要だ。それは疑いようがない。ここで問いたいのは、多くの企業が卓越したパフォーマンスを継続的に発揮するための前提条件として扱うようになった、あの重苦しく、歯を食いしばるような、慢性的で高圧的な緊張感が、本当に必要なのかということだ。
戦略としての「緊張感」がもたらす代償
職場における緊張感は珍しくないが、成功のための特効薬ではない。アマゾンを例に挙げると、容赦ないペースと成果へのプレッシャーを特徴とする企業文化が、燃え尽き症候群や離職という現実的な結果をもたらしていると、複数の報告で長年指摘されている。また、トラビス・カラニック元CEO体制下のウーバーを見ても、「いかなる犠牲を払っても成長する」という方針を中心に据えた文化が、最終的に新規株式公開(IPO)の申請書類において投資家が考慮すべきリスクとして明記される事態に至った。
アマゾンもウーバーも緊張感をバネに大きな成功を収めたが、そこには深刻な代償があった。それこそ、リーダーたちが口に出すのを恐れているトレードオフだと私は感じている。スピードと生産性の向上を生み出すカルチャーは、同じくらい容易に、疲弊、離職、そしてコミットメントではなく恐怖によって働く従業員をも生み出しうるのだ。
恐れは、長期的に成り立つ戦略ではない。慢性的に極端な労働環境の少ない、より良い場所を求める熟練人材を失う近道である。
本当に生き残るものとは
見方を変えるのは簡単だ。私がこれまでの長いキャリアの中で働いてきた会社の中には、すでに存在しないところもある。買収や事業売却、統合、吸収、あるいは単なる廃業によるものだ。業務は進化し、知的財産(IP)は別の形や別の名前で生き残り続けたが、元の組織という有機体は根本的に変化した。
しかし、それらの会社で働いていた人々は、その後も素晴らしい仕事をし、輝かしいキャリアを築き、培ったスキルや知識を新しい組織や取り組みへと引き継いでいった。会社自体は消えても、人々のネットワークや記憶は残った。それこそが、私の言いたいことである。
企業の歴史におけるほぼすべての買収や再編、閉鎖が証明しているように、この持続力は、会社が単なる一時的な「器」にすぎなかったことを示している。この事実は一つの問いを投げかける。私たちは何のために、なぜ働いているのだろうか。
「肩の力を抜く」ことは野心の対極ではない
ここにこそ、「肩の力を抜く」ことが実際の戦略として機能する理由がある。ここで言う「肩の力を抜く」とは、放任主義的な態度や、だらだらと仕事をサボることを意味しない。緊張感を調整すること、すなわち、全力を尽くすべき時と回復に充てるべき時をわきまえることを意味する。これこそが、持続可能な高いパフォーマンスの特徴である。一流のアスリートに見られるこのアプローチは、ビジネスにも同様に適用できる。
誤解しないでほしいが、これは基準を下げることではまったくない。むしろ、高付加価値の仕事や努力を要する仕事が意義あるものと見なされるためには、常に圧倒的な緊張感とプレッシャーを通じて届けられなければならないという建前を捨てることである。
現在の労働の枠組みが産業革命期に定義されて以来、会社と社員の関係は変化してきた。私たちの働く「目的」は現代化し、雇用主と従業員の関係は必要に迫られて進化を遂げた。
人々は今もなお、最善の仕事を尽くし、目的を果たし、職業的なレガシー(遺産)を築くために仕事に取り組んでいる。しかし、特に若い世代が労働市場に参入するにつれ、「よく生きること」への注目がかつてないほど高まっている。人々はもはや、あらゆる犠牲を払ってまで成功を追い求めてはいない。彼らが求めているのは、有意義かつ持続可能で、自己実現やウェルビーイング、そして自分が築きつつある人生を楽しむ自由と、成果が共存する生き方だ。平たく言えば、注ぐ努力に見合うだけの成果が必要なのだ。そして、何が成果であり、何が努力であるかは人それぞれ異なる。
この事実を認める文化は、従業員が十分に理解され、守られ、尊重されていると感じ、実際に最高のパフォーマンスを発揮できる環境を生み出しやすい。働く場所を愛し、ミッションや目的に向けて素晴らしい仕事をしながらも、同時に、豊かな人生を送るという大局的な視点を維持することは可能である。そのことを素直に認める価値は、極めて大きい。
責任を軽減すべきだと言っているのではない。そうではなく、人間らしさ、心のゆとり、楽しさ、そして平穏さは、並外れた成果を上げるプロセスと共存できるということだ。実際、それらは直接結びついている。過度なプレッシャーを少し和らげることで、これらの要素は職場の文化のなかで息づくようになる。そして、この結びつきを育むことが、長期的な成功と定着率の高い組織——燃え尽き症候群が少なく、全体としてより集中し、慎重かつ主体的に取り組む組織——をもたらす。
組織は一時的なものかもしれないが、人はそうではない。人々が身につけたスキル、人間関係、実体験は、あらゆる買収、方向転換、閉鎖を乗り越えて生き続ける。この現実は、リーダーたちが日々構築している組織文化や雰囲気に対する考え方を変えるはずだ。
おわりに
緊張感に固執する組織文化戦略は、統計的に長続きしないものを最適化しようとしている。一方で、心のゆとり、安全性、持続可能性を守る組織文化戦略は、本当に長く残るもの、すなわちレガシーを守ることになるのかもしれない。
したがって、リーダーたちへの私からのメッセージは「少し肩の力を抜こう」ということだ。新しいフレームワークはおそらく必要ない。仕事は真剣なものであっても、それを実行する人々が常に張り詰めている必要はないという、明確なメッセージがあれば十分だ。
人生はマラソンである。最高の状態を維持しながら全力走し続けられる人などいない。リーダーがそのメッセージを繰り返し示し、自ら体現することで、従業員は歯を食いしばるのをやめ、緊張や恐れを解くことができるようになる。これこそが、単に生き延びるだけの従業員と、豊かな人生という「器」の中で真に最高のパフォーマンスを発揮できる優秀な人材を分ける、欠かせない要素なのだ。



