Albright Fashion Libraryはニューヨークのファッション業界御用達の、ハイファッション衣装レンタル・アーカイブで、ファッションをライブラリーのように「借りる」という発想で運営されている。ラマがそこから調達しているという事実は、単なる服の選択ではなく、消費のあり方に対するスタンスとして読める。
Sullivanがこのトップを制作したのは、チャンピオンシップ決定後に街のストリートスタイルがブルーとオレンジに染まっていくのを目の当たりにしたことがきっかけだという。「ニックスのシャツがこれほどたくさんの色で存在していると気づいた瞬間、全色揃えてドレスにしようと思った」とVogueに語っている。
チャンピオンシップが決定した6月13日に、チュチュと組み合わせたオリジナル版ルックがSullivan のInstagramに公開され、5日後の優勝パレードでは、ラマが黒のヴィンテージスカートと合わせてまとった。
ホワイト、コバルトブルー、オレンジのTシャツを組み合わせたトップの投稿
Sullivanは、Lady Gaga、Rosalía、Addison Raeらの衣装を手がけ、すでにファッション界では評価されていた。しかし、その名が一般に広く知られていたわけではない。
その彼女が、ニックスのTシャツが街に溢れていることにインスパイアされてトップを作り、Instagramに投稿した。数日後、ラマは、ニューヨークのダウンタウンから生まれたその才能を、市を代表する祝祭の場でまとった。その選択にこそ、ラマのアーティストとしての感度と姿勢が、彼女ならではのプレゼンスとして表れている。
Z世代と「クリエイターであること」
Z世代は、しばしば「デジタルネイティブ」と形容される。もちろん、一つの世代を一括りにすることはできない。ただ、この世代にとって、自分の作品や考えを自ら発表することが、特別な行為ではなく日常になっていることは確かだ。Instagramで視覚を磨き、TikTokで物語を語り、Substackで思想を発信する。表現することと存在することが、日常の中で合致しているのだ。
ラマは、その時代性を体現する一人だろう。彼女はSNSでイラストを発表し、アニメーションを制作し、陶芸作品を生み出してきた。それは副業でも趣味でもない。彼女の職業であり、世界と関わる方法そのものだ。
従来のファーストレディのプレゼンスは、多くの場合「役割に応じて作られてきた」。どの場に何を着るべきか、何を語るべきか、どのように振る舞うべきか。それは役割が先にあり、人がそこに合わせるものだった。長きにわたり暗黙のスタンダードとなり、社会の期待という名の「そうあるべき」が最優先されてきた。
しかし時代は確実に変わった。市民は、従来の社会の在り方自体に疑問を感じ、当然長きにわたり当たり前かのように存在してきたけれど、「で、それって結局なんなんだっけ?」というオーセンティックと言えない「基準」に飽きさえ感じているのだ。
そして、少なくともラマは、その順番では動いていない。自分という人間の在り方が先にあり、役割はその延長線上に存在する。
だから、ラマがファーストレディとして公の場に現れるとき、彼女は「ファーストレディとしてどう見えるか」だけを優先して考えてはいない。「アーティスト=自分がファーストレディとしてどう在るか」を生きている。その結果が、あの祝祭の日のドレスだったわけだ。


