サイエンス

2026.09.16 18:30

男性ホルモンが通常時の数十倍に、雄ゾウを凶暴化させる「マスト状態」

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ゾウは温厚な動物として知られており、その評判は概ね妥当だ。ゾウは協力し合い、互いの子ゾウの世話をするし、仲間の死に関して悲嘆を表す明確な兆候もある。ところが、成熟した雄が突然、何の敵意も示していないサイを殺したり、これまで何百回も通り過ぎてきた「走行中の車両」に突進したりすることがある。こうした行動は、ゾウについて私たちが知っている他のすべてとかけ離れているように見えるが、実際はそうではない。

この状態は「マスト(Musth)」と呼ばれる。この言葉はペルシア語やウルドゥー語に由来し、「酩酊状態」に近い意味を持つ。インド亜大陸のゾウ使いたちは、ゾウの内分泌が研究されるずっと前から、この状態を理解し、この言葉を用いていた──この状態は、ゾウの外見から明白だったのだ。

マスト状態の雄は見分けやすく、その外見上の兆候は、ホルモンの変化と密接に関連している(アンドロゲン[男性ホルモン]の産生量が通常時の数十倍になる)。2005年に『Hormones and Behavior』に発表された研究によれば、アンドロゲンの上昇は、目に見える兆候を示している雄にのみ認められた。つまり、頭部の側面から液体がにじみ出るほど腫れた側頭腺、ほぼ絶え間なく垂れ続ける尿は、体内で起きている変化の確実な指標だ。

この状態は、若い雄では数日、全盛期の雄では数カ月続く。また、マスト状態の雄は、数km先まで響き渡る低周波のうなり声を発する。

マストが解決する「雄ゾウの問題」

このような状態がなぜ存在するのかを理解するには、雄より雌に注目するといい。ゾウの繁殖は、極めてゆっくりとしたプロセスだ。妊娠期間は約22カ月に上る。成熟した雌は通常、4~5年に1頭の子ゾウを育てるが、その長い周期のなかで受胎可能な期間はわずか数日しかない。そのため、たとえ成体の雄が数十頭いる群れでも、ある時点で受胎可能な雌は1頭か2頭しかいない場合がある。

生物学者はこれを「実効性比の偏り(skewed operational sex ratio)」と呼んでおり、この現象が見られるあらゆる種において、雄同士の激しい競争を引き起こす。遺伝学的証拠は、この現象がいかに重要な役割を果たしているかを示している。2007年に『Animal Behaviour』で発表された研究によると、ケニアで長年にわたって調査されてきた個体群の父子関係を照合した結果、子ゾウのほとんどは、受胎時にマスト状態にあった雄が父親だと判明した。

マストとは、雄たちがその数少ない機会を巡って競い合う状態のことだ。この状態が興味深いのは、一時的な地位の昇格として機能する点にある。1989年に『Animal Behaviour』で発表された研究では、マスト状態の雄は、体が小さくコンディションが悪くても、マスト状態ではない上位の大きな雄を支配でき、大きな雄は、戦うよりも退く傾向があると示された。

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翻訳=米井香織/ガリレオ

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