投資会社から始まった「従業員オーナーシップ」。経営の「自分ごと化」で所得格差の解消に挑む。
「『現在の勤務先で働き続けたい』と考える人は少ない」「しかし、『転職や起業』の意向を持つ人も少ない」──。2022年5月に経済産業省が出した「未来人材ビジョン」は、日本の労働者の実態を突きつけていると話題になった。あれから4年。日本で働く従業員のエンゲージメントは依然として低いままだ。
ギャラップ社の「State of the Global Workplace2026」によると、回答者のうち「仕事にやりがいを感じている」(エンゲージしている)と答えた日本人の割合は8%で、グローバル平均(20%)と比べてかなり低い。質問項目の文言が日本人の肌感覚に合っていないのではという指摘を踏まえても、この数字からは、賃上げだけでは埋まらない「意欲の空洞」が見て取れる。
そんななか、米国を中心に「オーナーシップ文化」を醸成する取り組みが広がりを見せている。ムーブメントを率いるのは、世界大手プライベート・エクイティ(PE)投資会社KKRのグローバル・プライベート・エクイティ共同責任者ピート・スタブロスが22年に米国で立ち上げた非営利団体オーナーシップ・ワークス(Ownership Works)である。企業や投資家と連携しながら、すべての従業員が自らの貢献によって生み出した成功を分かち合うことができ、自分が勤める会社のオーナーのひとりとして誇りをもてる社会の実現を目指す。
活動の原点は、KKRが11年に投資先を対象に始めたプログラムにある。PEファンドの投資先では、経営幹部層にストックオプションなどのインセンティブ報酬を与えることがよくある。しかし、それでは企業価値の向上によって得られた利益は上層部にしか還元されない。こうしたなか、米国では経営者と一般労働者との所得格差が時とともに拡大してきた。KKRとオーナーシップ・ワークスが考える格差の是正に向けた解決策のひとつが、従業員に一切の負担をかけることなく、投資先の企業を通じてオーナーシップを広げるというものだ。
オーナーシップといっても、必ずしも自社の株式やストックオプションを配分するわけではない。従業員に与えられるのは、会社がイグジットや流動化イベント(配当など)を迎えたタイミングで企業価値の一部を分配してもらう権利だ。PE(オーナー企業)が保有する株式の一部を財源に充てる。
従来のストックオプションと決定的に異なるのは、全従業員を対象にするというのが前提であることと、企業価値が上がらなくても従業員に損失やリスクは発生しないという点だ。経営者と株主、従業員が同じ船に乗り、ともに企業価値の向上に全力を注ぎ、リターンを公正に分かち合う仕組みを社会に根付かせること。これがオーナーシップ・ワークスの使命である。
26年7月末時点で、オーナーシップ・ワークスには投資会社や金融機関、非営利団体、上場企業など100を超える組織が名を連ねている。プログラムの導入を支援した企業の数は167社にのぼり、すでに約13億米ドル(約2056億円)相当の資産が導入先企業の従業員に供与された。30年までに、世界で合計200億米ドル(約3兆1487億円)以上の資産を分配することが目標だ。
KEYWORD 01|オーナーシップ・ワークス(Ownership Works)
2022年設立の米国の非営利団体。従業員と株主が「同じ船に乗る」仕組みを社会に根付かせることを使命に掲げる。26年7月時点で167社・25万人超に「オーナーシップ・プログラム」の導入を支援し、企業価値の向上と従業員の資産形成を後押し。KEYWORD 02|オーナーシップ文化
オーナーシップ・ワークスが推進する取り組みの呼称。従業員のオーナーシップとエンゲージメントを高めることで企業価値を向上させ、M&A(企業の合併・買収)やIPO(新規上場)などでイグジットした際に生じた利益の一部を従業員に還元することを目指す。日本では武州製薬や弥生など、KKR傘下の企業が導入している。



