結果がうまくいった即断は「直感」と呼ばれ、同じ即断でも失敗に終われば「無謀」と呼ばれる。神経科学は過去30年にわたり、われわれが決断に「イエス」や「ノー」を告げる前に身体で何が起きているかを解明してきた。そのメカニズムは、多くのリーダーシップ論が語る以上に精緻なものだ。
心が気づく前に、体が記録している
神経科学者アントニオ・ダマシオが1990年代に提唱し、以後繰り返し検証されてきた「ソマティック・マーカー仮説」によれば、身体は過去の情動体験の結果を生理的シグナルとして符号化する。胸の締めつけ、胃の落ち込み、体が熱くなる感覚などがそれにあたる。
これらのシグナルは、頭による意図的な分析が行われるよりも前に、私たちの意識へと到達する。そして、論理的な思考を完了する前に、意思決定に影響を与える。この、言葉になる前の素早い後押しこそが、人々が「直感(gut feeling)」と呼ぶものだ。
その根拠となるのが、ダマシオの研究室で用いられた「アイオワ・ギャンブリング課題」というカードゲームである。参加者はリスク特性の異なるカードの山からカードを引いていく。一部の参加者は、なぜそのデッキが不利かを意識的に説明できるようになる前から、リスクの高いデッキに対してストレス反応を示し始めた。彼らの身体は、思考が追いつく前に危険を察知していたのだ。
一方で、腹内側前頭前皮質(身体シグナルを意思決定に統合する領域)に損傷を抱える参加者は、そのデッキが不利だと説明できるようになった後でも、悪いデッキから引き続けた。
「知ること」と「感じること」は、別々のシステムで動いていた。そして感じるシステムの方が、たいてい先に到達する。
経営者がこれを人一倍強く感じる理由
経営者は、不完全な情報のもとで膨大な意思決定を迫られる。誰を採用し、誰を解雇するか。いつ資金調達をするか。ビジネスパートナーを信じてよいか。いつ取引から手を引くか。
その一つひとつが、身体に痕跡を残していく。
事業を営む年月を重ねるうちに、その痕跡は本当に役立つ内部データベースとして蓄積されていく。経験豊富な経営者が、最初の面談で不適切な採用候補を、最初の会話で悪い取引を察知できるのはこのためだ。具体的な危険信号を言語化するはるか前に、それを感じ取っているのである。
それでも経営者は、重大な決断において直感を無視してしまう。直感が誤っているからではない。役員会で弁護できないからだ。スプレッドシートで裏付けられない感覚は、押し殺される。そして後になって、あのためらいが正確な読みだったと気づくのである。
直感を無視するのではなく、鍛える
ダマシオの研究から得られる示唆は、理性的分析を直感や勘に置き換えよということではない。目指すべきは統合だ。重大な決断の前には、分析が何を語り、直感が何を告げているかを別々に言葉にすることが有効である。部屋の中(あるいは頭の中)で最も大きな声にすべてを支配させてはならない。
理性的分析と直感が食い違うとき、その食い違い自体が、じっくり向き合うに値する情報だ。認めやすい方に即座に軍配を上げて片づけてはならない。
意思決定と結果を記録する習慣をつくることも有効だ。どの直感が功を奏し、どれが外れたのかを容易に振り返ることができ、時間をかけてシグナルを調整できる。実績の記録は、統合された意思決定プロセスの信頼性がどれほど高まっているかを明確にしてくれる。
誰を信じ、いつ動き、いつ待つか──事業成果を静かに左右する決断には、きれいなデータが伴うことはまれだ。直感を「押し殺すべきノイズ」として扱う経営者は、神経科学が何十年もかけて研究してきたシグナルを捨てているに等しい。意思決定における優位性は、両方のシステムを同時に読み取ることを学んだ者に与えられる。



