事業の構想は長く、実行は速く
もう一つ、元榮さんの強みだと思うのが、何年もかけて考え抜いたアイデアを実際のサービスとしてかたちにする速さです。
クラウドサインは、その典型です。元榮さんは弁護士ドットコムを創業する以前、大手法律事務所で働いていたころから、紙を前提とした契約実務の非効率さに課題意識を持っていました。ただ、起業後すぐに電子契約の事業を始めたわけではありません。まずは弁護士ドットコムに経営資源を集中し、その可能性を長く温めていたのです。
そして上場のタイミングで本格的なプロダクト開発に着手すると、10月にはサービスを提供開始。クラウドサインは約10年で事業を拡大し、26年7月にはARR(年間経常収益)が100億円を突破しています。
しかも、いざやると決めたことは、徹底してやり切ります。
クラウドサインをリリースして間もない15年12月、元榮さんはスタートアップのピッチコンテスト「IVS Launch Pad」に自ら登壇しました。わずか3分のピッチのために、前夜まで原稿を何度も書き直し、宿泊先のホテルでは宴会場まで借りて、本番と同じように時間を測りながら練習を繰り返したのです。コンテストの前日は深夜3時近くまで練習を続け、翌朝も本番前に壇上で練習したといいます。
司法試験の勉強もそうでしたが、元榮さんは、やると決めたものに対して「そこまでやるのか」と思うところまで詰め切る人です。
一方、すべてを自分で抱え込むわけでもありません。何をつくるかを決めたら、必要な人に任せて動かすことができる。弁護士ドットコムは創業時からインターネットを基盤にした会社ですから、エンジニアと仕事を重ねるなかで、技術や人材を見極める力も培ってきたのでしょう。
長く考え、つくるべきものが見えたら、人に任せながら形にしていく。そして、勝負どころでは自分自身も徹底的にやり切る。私は、そこに元榮さんならではの事業のつくり方が表れていると思います。
何年も温めた構想を、懸けるべき瞬間に一気に実行へ移す。先の先まで見据えて布石を打ちながら待ち、機が熟した瞬間に動き出す。この「構想は長く、実行は速く」という組み合わせも、元榮さんの逆張りの特徴だと思います。
一方で、元榮さんは決して直感だけで動くタイプではありません。M&Aの判断がその表れです。似た事業を手がける会社であっても、元榮さんは安易に買収に動きません。積極的にM&Aを重ねる経営者もいるなかで、元榮さんは「これはどうしても欲しい」「絶対に役に立つ」と確信できるものにしか手を出さない。直感を裏付けとなる考え抜いた根拠で固めてから、初めて動く。この慎重さがあるからこそ、いざ動くと決めたときの速さが際立つのだと思います。


