リーダーシップ

2026.09.14 08:56

安全策に潜む代償:「いい人」でありたいリーダーが支払う本当のコスト

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ほぼ1年の間、取締役会では同じ会議が繰り返されていた。

テーブルの上には、実質的なリスクが放置されていた。規制上のリスクであり、目を背けているからといって小さくなるようなものではない。取締役会の全員がその存在を知っていた。しかし、会議のたびに、会話はより安全な方向へと流れていった。チームの負担が大きすぎることや、士気の低下について話し合った。それらはすべて事実だった。だが、実際に会社を危機にさらしている問題について議論するよりも、そうした話題の方がはるかに扱いやすかったのだ。

私が声に出して言うまでに、あまりにも長い時間がかかってしまった事実がある。私たちが堂々巡りをしていた「士気の低下」自体が、すでにコストだったのだ。モチベーションを失ったチームは、支払うコストに見合わない成果しか生まない人件費の項目となる。私たちは、会社を疲弊させている二つの問題のうち、ソフトな(扱いやすい)問題を理由にして、ハードな(困難な)問題を避けていた。親切心こそが、無駄な出費となっていたのだ。

好感度より敬意を

敬意と好感度は通常一緒についてくるため、混同されがちだ。公正で、明快で、一貫性のあるリーダーはたいてい好かれる。だが両者は同じものではなく、肝心な場面では乖離する。

敬意とは、正しさが歓迎されない場面でも正しくあることによって得られるものだ。好感度とは、正しさが歓迎されない場面そのものを避けることによって守られるものだ。「好かれたい」と思うリーダーは、選択を迫られたとき、困難な話し合いを先延ばしにし、厳しいフィードバックを和らげ、今の自分にとって有益と思われる相手を怒らせるような決定を「もう1週間」引き延ばす理由を見つけ出そうとする。個々の選択はもっともらしく見えるが、そのパターンが常態化することは問題だ。

厄介なのは、組織の内部からはこれが隠れて見えない点にある。困難な決断を避けているリーダーは、自分が何かを避けているとは感じていない。「忍耐強く様子を見ている」のだと感じたり、「空気を読んでいる」のだと思ったり、「相手を信じて様子を見ている」のだと捉えたりする。しかし、周囲の人間は違った受け止め方をする。彼らはそのパターンを読み取り、それに適応していく。

空気を読み、待ち続けること

そのような会議室から、人々が持ち帰るものがある。それは「シグナル」だ。彼らは、その場でどのようなニュースが求められているかを学習し、それに合致するものだけを報告するようになる。どの問題が名指しされ、どの問題が煙に巻かれるのかを組織が学習する。そして、煙に巻かれるような問題は、二度と提起されなくなる。

こうして情報は狭まっていく。リーダーのドアは常に開かれ、コミュニケーションのチャンネルも機能し、壁には方針が掲げられているかもしれない。しかし、真実はそこを通らなくなる。問題が大きくなりすぎると、初期段階で安価に対処できたはずの警告は、届かなくなっている。誰も知らなかったからではない。それを提起しても無駄だと、正しく学習してしまったからだ。

そして、この状況は悪循環を生む。困難な話し合いを先延ばしにすればするほど、その実施コストは高くなる。コストが高くなればなるほど、再び先延ばしにしたいという誘惑にかられる。話し合いのない平穏な1週間は、リーダーには見えない負債の利子が積み上がっていく1週間なのだ。

行動の代用品

ウェルズ・ファーゴは、その公の事例である。2009年から2016年にかけて、同行の従業員は顧客が求めていない口座を数百万件開設した。販売目標を追い求めた結果だった。問題が表面化すると、同行はそれを一部の悪質な従業員の問題だと説明した。だが同行の取締役会は、より深刻な実態を認定した

警告は何年も前から経営幹部に届いていた。マネージャーたちは何度も懸念を提起していた。しかし、その都度、返ってきたのは対峙ではなく安心させるための言葉だった。失敗の原因は情報の不足ではない。居心地の良さを優先し、行動を起こさずにいたことが、既知の問題を長年放置させ、最終的に一気に破綻を招く結果となったのだ。

だからといって、温かみのある態度が弱点になるわけではない。通常はその逆だ。厳しいことを、相手への真の敬意を持って伝えるリーダーは、単に当たり障りのないリーダーよりも深い信頼を築くことができる。境界線は「好かれること」と「厳しくあること」の間にあるのではない。承認(同意)を意思決定の前提条件とするのか、それとも意思決定の伝え方の結果としてもたらされるものとするのか、その違いにある。

リーダーの務め

実践において、それはある一瞬に集約され、ほとんどのリーダーはその瞬間が訪れたことを肌で感じることができる。それが正しいかどうかではなく、どう受け止められるかを基準に意思決定を調整し始めた瞬間だ。その心の揺らぎこそが、支払うべき代償(税金)にほかならない。多くのリーダーはその兆候を感じ取るが、それを自覚し、言葉にする者は極めて少ない。

このレベルにおけるリーダーシップとは、管理義務を伴う仕事だ。意思決定が行われた会議室にいなかった人々に及ぶ結果に対して、リーダーは責任を負う。その責任は、避けたからといって消え去るわけではない。自分のデスクから彼らのデスクへと移り、その過程でさらに大きくなるだけだ。

だからこそ、私は堂々巡りをやめることにした。CEOのところへ行き、1年間も会議室が避けてきた「具体的な日程」を求めた。誰が責任を持つのかという明確な期限を設定し、期待ではなく実行を求めた。そしてメールの最後にこう書き添えた。全員が一つの方向に向かって船を漕ぐべきである、と。

それこそが、リーダーの仕事のすべてだ。心地よさではなく、方向性を示すこと。取締役会は全員に配慮し、誰一人として守れないまま1年を過ごすこともできる。しかし、周囲に親切にしている間も、放置されたリスクは待ってはくれない。それは膨らみ続ける。リーダーの任務は、会議の雰囲気を良くすることではない。テーブルの上の問題を名指しし、期限を定め、船を動かすことだ。それ以外はすべて、代償を支払う時が来るのを心地よく待っているにすぎない。

forbes.com 原文

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