彼女の名前はサンドラ。中堅のプロフェッショナルサービス企業でチーフ・オブ・スタッフを務めていた彼女は、勤続13年を数え、CEOのマーカスが新入社員のオンボーディングの際によく引き合いに出すような、頼れる存在となっていた。何か分からないことがあれば、誰もが彼女を頼りにした。
だからこそ、彼女が2週間後に退職すると告げたとき、マーカスは衝撃を受けた。その日の午後、彼は私に電話をかけてきた。「まったく予兆がなかった。彼女は何の問題もなさそうに見えたのに」
しかし、厳しい現実を言えば、彼女の状況は決して良くはなかった。そして彼女は1年以上前からそのシグナルを発していたのだ。マーカスが彼女の幸福を気にかけていなかったわけではない。ただ、目の前にあるシグナルに気づかなかっただけなのだ。
多くのリーダーが学んでいない「言語」
何十年にもわたりエグゼクティブをコーチングしてきた中で、私はもどかしくも希望に満ちたある事実に気づいた。ほとんどのリーダーは「感情的な知性(EQ)」が欠如しているわけではない。ただ「訓練」されていないだけなのだ。能力はあるものの、機能性の高い組織が求めるような、水面下で起きている状況を読み解く方法を誰からも教わっていないのである。
マーカスは、サンドラの「信頼性」と「有能さ」を「エンゲージメント(主体的な貢献意欲)」と勘違いしていた。しかし、これらは同じではない。信頼性とは「合意したことを実行する」ということであり、エンゲージメントとは「職務記述書の範囲を超えて、この組織で起こることに当事者意識を持つ」ということだ。
サンドラはパフォーマンスを落とすことはなかったが、退職する18カ月前には、組織の隙間を埋めるような自発的な行動をやめていた。リスクを早期に提起したり、「私の見立てでは、これは問題になるかもしれません」と真っ先に声を上げたりすることもなくなった。求められれば貢献し、期待通りの成果を出し、いつも通り出社はしていた。しかし、静かに何かが変化していた。サンドラは「自発的な投資(コミットメント)」から「事務的な関与(ギブ&テイク)」へと移行していたのだ。この変化は組織にとって極めて大きな損失をもたらす転換点であり、しかもほぼ常に、音もなく静かに進行する。
社員が示す「本当に必要なもの」のサイン
ここで、行動科学は人事のスローガンではなく、真のリーダーシップツールとなる。人間は金銭的報酬だけで動くわけではない。自らの能力を最大限に発揮するか、あるいは自分を守るために努力をセーブするかを左右するのは、心理的欲求である。
自己決定理論は、心理学者のエドワード・デシとリチャード・ライアンが提唱したもので、持続的なエンゲージメントを支える3つの核心的欲求として「自律性」「有能感」「関係性」を挙げている。これらの欲求が満たされているとき、人はより高いモチベーションや満足感を抱き、自己の枠を超えた成果に対して主体的にコミットするようになる。逆に、これらの欲求が満たされない場合、退職届を出すずっと前から、エンゲージメントの低下が始まっていることが多い。
サンドラの場合、自らの存在意義を感じる機会が徐々に失われていた。会社が成長するにつれて、意思決定権限が上の役職へと移っていったからだ。サンドラが担う役割は「実行すること」が増え、「形作ること」が減っていった。誰もそのような変化を公言しなかったし、彼女から何かを奪おうとしたわけでもない。しかし、彼女は確実にそれを感じ取っていた。
すべてを変える「対話」
サンドラが去ってから3週間後、私はマーカスに「レコグニション・オーディット(承認の点検)」と呼ぶシンプルなフレームワークを教えた。マネージャーは部下と一対一で向き合い、次の3つの質問を投げかける必要がある。
• 最後に私が、単なる成果物だけでなく、あなたの具体的な行動や姿勢を認めて褒めたのはいつだっただろうか?
• あなたがこの会社で働く上で最も価値を置いていることは何か、そしてそれを私はどうやって把握しているだろうか?
• もしあなたが静かに退職の準備を進めているとしたら、私は今、あなたのどのような変化に気づいているはずだろうか?
この3つ目の質問こそがリーダーたちの胸に突き刺さるものであり、最も重要な問いである。
マーカスは翌週、これらの対話を実行したが、そのインパクトは想像以上に大きかった。業務担当バイスプレジデントに対し、彼女の判断が会社に貢献したと最後に伝えたのはいつだったかを尋ねたところ、彼女は少し沈黙し、彼を見つめてこう言った。「正直、思い出せません」。この瞬間をきっかけに、さらに重大な問題が明らかになった。過去1年間、サンドラと同じように、彼女の意思決定権限も静かに奪われていたのだ。会社の成長に伴って権限が失われたのだが、彼女はその喪失感を言葉にできないまま抱え込み、「どうせ誰も気づかないだろう」と思い込んでいた。
また別の対話からは、他社から引き抜きのオファーを受け、すでに心が半分離れかけていたシニアマネージャーの存在が浮かび上がった。彼は「どうせマーカスは気に留めないだろう」と思い、何も話していなかった。しかし、この点検がきっかけとなって対話の機会が生まれたため、マーカスはそのマネージャーが本当に必要としている要素を組み込む形で、その役職の職務を再編成した。
その四半期、退職者は1人も出なかった。
手遅れになる前に、リーダーが問いかけるべきこと
問いかけるべきは「部下は成果を出しているか?」ではない。それは業績データを見ればわかる。真に問うべきは「部下は今も主体的でいるか?」である。なぜなら、主体的でなくなってからもしばらくの間は、高いパフォーマンスを維持できるからだ。有能なプロフェッショナルは、密かに退職の計画を進めながらも、求められる成果を出し続けることができる。パフォーマンスが低下し始めた頃には、すでに手遅れなのだ。
この力学をどのように表現するにしても、根本的なパターンは一貫している。人は自分自身が真に認められ、評価されていると感じられないとき、離職への心理的ハードルが大幅に下がる。逆に、具体的かつ意義のある形で認められれば、定着率は向上する。
サンドラは現在、競合他社で業務を統括している。誰もが認める活躍ぶりだという。彼女が求めていたのは、より高い役職でも、破格の引き止め条件でもなかった。彼女がとどまる意欲を失ってしまう前に、彼女の中で何が変わりつつあるのかに気づいてくれる人物だったのである。



