私はこれまでに、資産運用会社や投資ファンドの創業者を数多く取材してきた。そのほぼ全員が、投資家が自分たちにお金を預けるべき理由について、明確な仮説を持っていた。リターンの最大化を強調する者もいれば、長期的な視点、優秀なチーム、独自の調査、マーケットタイミング、あるいは資産配分を重視する者もいる。
アプローチはそれぞれ異なるが、根底にある売り込み文句は同じだ。誰もが、投資に対する独自の視点こそが、自社をより優れた選択肢にしていると信じている。しかし、そうした企業の中で、運用資産が1兆ドル(約154兆円)に達するようなところは極めて稀だ。
ディメンショナル・ファンド・アドバイザーズ(DFA)は、同社によれば2026年に世界の運用資産残高が1兆ドル(約154兆円)に達した。これは、同社が抱くすべての投資理念が正しいことを証明するわけではない。しかし、数十年にわたる現実世界での実践に耐え、これほどの資金を集めた哲学には、検討する価値がある。
私は最近、DFAの創業者であるデビッド・ブースにインタビューする機会を得た。彼の新著『Stay Calm: Learn to Embrace Uncertainty in Investing and Life(原題:ステイ・カーム:投資と人生における不確実性を受け入れる方法を学ぶ)』の9月1日の出版を控えたタイミングでのことだ。そこで印象的だったのは、ブースの言う「秘密」が、まるで「秘密」という存在そのものを否定しているかのように聞こえたことだ。
市場より賢い誰かを探すな
「他の人たちは、自分たちの天才性(ジーニアス)を売っているのだと思う」とブースは語る。「それに対してわれわれが言っているのは、天才性は実のところ市場そのものの中にある、ということだ」
市場を上回るリターンを上げる特別な能力があると主張する者が現れたとき、ブースの反応はさらにシンプルだ。「データはどこにあるのか?」
ブースは、テーブルを叩きながら自分が金融界で最もスマートな人間だと私に説き伏せようとするような人物には見えなかった。むしろ、彼の最も重要な強みのひとつは「知的な謙虚さ」だったようだ。彼は、すべての有用なアイデアを自分自身で発見する必要はなかった。誰か他の人が見つけた優れたエビデンスを認め、それをどのように実行に移すかを知っていればよかったのだ。
ブースは、DFAがデータや学術的な金融理論に依拠する姿勢を、冗談めかして「科学的希望」と表現した。
「時々こう言うんだ。『学者たちはみんな、私たちのために働いてくれている。ただ、本人たちがそれに気づいていないだけだ』とね」と彼は語った。
面白いジョークだが、重要な本質を捉えている。真実は、ディメンショナル社内で発明されなければ有用ではない、というものではないのだ。
だからといって、学術論文を盲目的に模倣したわけではない。ブースによると、研究にギャップがあると感じたとき、特に実際の取引やアイデアの実行において、同社は独自の専門知識を自ら構築しなければならなかった。つまり、謙虚さとは受動的であることを意味するわけではない。
市場を出し抜くこと自体が間違った目標だとしたら?
客観的なデータが、市場を常に打ち負かそうとする試みに対するブースの懐疑論を裏付けている。
例えば、S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスの「SPIVA米国スコアカード」によると、2025年にはアクティブ運用されている米国の大型株ファンドの79%がS&P 500を下回った。また、2025年12月31日までの15年間では、89.93%が市場平均を下回る結果となっている。
手数料もまた、大きな障壁となる。米証券取引委員会(SEC)の投資家支援室は、10万ドル(約1540万円)を年利4%で20年間運用した場合を例に、手数料がもたらす複利効果を説明している。年間手数料が0.25%の場合、資産は約20万8000ドル(約3200万円)に増える。しかし、年間手数料が1%の場合、最終的な額は約17万9000ドル(約2760万円)にとどまる。
ブースは、投資家は何も考えるべきではないと主張しているわけではない。一貫して実証することが極めて困難な、いわゆる「予測能力」に対して対価を支払うことには慎重であるべきだ、と言っているのだ。
彼が提示する代替案は、それほど刺激的なものではない。分散投資を行い、リスクについて慎重に考え、コストや税金に注意を払い、利用可能なエビデンスを活用して、長期戦に臨むことだ。インタビューの中でブースは、明日の勝者を常に発掘しようとするのではなく、何百、何千もの銘柄を組み入れた、幅広く分散されたポートフォリオの重要性を語った。
これが、彼が私に語った最も重要と思われる言葉につながる。「大事なのは予測することではない。備えることだ」とブースは言った。
予測をやめ、計画を始めよう
投資家は常に答えを求めている。市場はどこに向かっているのか? 金利は下がるのか? リセッション(景気後退)は来るのか? 次に勝つセクターはどれか?
ブースのフレームワークは、異なる問いを立てることを提案している。「今日わかっている情報をもとに、最も賢明な意思決定とは何か?」
そして、もうひとつの問いを重ねる。「状況が変わったら、自分はどう適応するか?」
ここにおいて、ブースの投資哲学は、単なる投資の手法というよりも、意思決定の哲学としての様相を帯び始める。
例えば、トランプのデッキがあり、私が「スペードの6」をめくって、次のカードがそれより大きいか小さいかを尋ねたとしよう。あなたは「大きい(高い)」を選ぶ。しかし、私がめくったのは「ダイヤの4」だったとする。
あなたの負けだ。しかし、あなたは間違った決定をしたのだろうか?
必ずしもそうではない。得られた情報に基づけば、6より上の数字のカードの方が、下の数字よりも多かったからだ。合理的な判断をしても、不利な結果になることはある。
そして人生は、トランプのカードのように確率が印刷されているわけではないため、はるかに複雑だ。大学に10万ドル(約1540万円)を支払ったのは正しい決断だったのだろうか? 転職すべきか? 家を買うべきか? 起業すべきか?
後から振り返っても、明確な答えは得られない。なぜなら、私たちは2つの人生のシナリオを同時に生きることはできないからだ。
就職活動に苦戦している大学卒業生は、もし大学に進学していなかったらどうなっていたかを知る術はない。卒業直後に6桁の収入を得ている人も、別の道に進んでいたらどのような機会が得られていたかを知ることはできない。
したがって、目指すべきは、すべての決定がうまくいく人生を築くことではない。自分が信頼できる意思決定のプロセスを構築することなのだ。
「適切な意思決定をしても、悪い結果が出ることは日常茶飯事だ」と、プライベート投資プラットフォーム「クロックワーク(Clockwork)」の共同創設者であるアレックス・グッドマンはインタビューで語った。「私たちは、結果を完全にコントロールすることはできないという事実を受け入れ、納得した上で生き、働かなければならない」
グッドマンはまた、自身が実践している2つのアプローチからなる意思決定システムを共有してくれた。第1の側面は「デューデリジェンス」だ。必要な書類や資料を求めて精査し、意思決定の規模に応じてより深く踏み込み、必要であれば専門家を招き入れる。
第2の側面は、グッドマンが「後悔最小化チェック」と呼ぶもので、これを並行して実行する。彼は結果に関わらず、自問する。「これを行うこと、あるいは行わないことは、私に後悔をもたらすだろうか?」と。グッドマンによれば、これにより判断をその判断自体の価値に基づいて評価することができるという。「そうすれば、物事が思い通りに進もうと進むまいと、単なる偶然ではなく、プロセスの質に軸足を置き続けることができる」と彼は付け加えた。
ブースも本質的に同じ指摘をしていた。不確実性の下での意思決定について語る中で、彼はこう言った。「いつもすべてがうまくいったわけではない。しかし、良い選択をしてきたと思っている」
良い決定にはガードレールが必要だ
ブースの意思決定において、私が興味深いと感じた要素がもうひとつある。いくつかの選択肢は、そもそも確率計算の段階にすら上らないということだ。
ブースは、DFAが業界で「ソフトダラー」と呼ばれる仕組み、すなわちブローカーへの手数料を特定の調査やサービスの支払いに充てられる取り決めを利用していないと語った。その理由について、彼はそれを拒否することが測定可能な競争上の優位性を生み出すから、と説明したわけではない。
「ソフトダラーを受け入れなかったからといって、顧客を獲得できたことは一度もないと思う」とブースは言う。理由はもっとシンプルだ。「それが正しいことだからだ」。インタビューの冒頭で、彼は別の表現もしていた。「投資ソリューションを提供することが我々のビジネスだ。しかし、我々の商品は信頼だ」
誠実であることが自動的にビジネスの成功につながると言っているわけではない。誠実な人でも苦労する人は多いし、疑わしい行為をする人が利益を上げることも多い。しかし、原則を持つことは意思決定をシンプルにしてくれる。
誠実であること、顧客を公平に扱うこと、他者に対して正しいことをすることが妥協できないルールであれば、意思決定ツリーの枝ごと消し去ることができる。そして、金融のプロフェッショナルとして信頼が核心的なビジネスであるならば、そうしたモラルを妥協しない企業こそが、長期的な成功を収めることに私は賭けたい。
不確実性の中に隠された好機
「機会(チャンス)を生み出すのは、不確実性なのだ」とブースは語った。
この考え方は、投資において最も理解しやすい。投資家は一般的に、より大きなリスクを受け入れることで、より大きな潜在的リターンを期待する。すべての結果が事前にわかっており、すべての投資が保証されているのであれば、破格のリターンを得る機会はほとんど存在しないだろう。
これと同じ原則は、人生のあらゆる場面にも当てはまる。起業には不確実性が伴う。キャリアの転換も、住宅の購入も不確実だ。子育てには、大半の金融モデルよりも多くの予測不可能な変数が絡んでくる。
私たちは不確実性を、排除すべき問題として扱いがちだ。十分な情報を集めれば、やがて正しい決定が自ずと明らかになるかのように。しかし、人生における極めて重要な決定の多くは、そこまでの確実性をもたらすことはない。
不確実性は、人生が予測可能になるのを待つ間に支払うべき代償にすぎないわけではない。多くの場合、それこそが、より良い出来事が起こるための余地を残してくれるものなのだ。
それは、あらゆるリスクを冒すという意味ではない。入手可能な最善の情報を集め、妥協できない原則を確立し、できる限り合理的な決定を下し、新しい情報が入ってきたときには謙虚に調整する姿勢を保つ、ということだ。
そして、その先にある最も難しいステップが「結果を受け入れる」ことだ。
「冷静であり続ける(stay calm)」ということは、次に何が起こるかを知ることから生まれるのではない。それが起こる前に、なぜその決断を下したのかを理解していることから生まれるのだ。



