9月9日午前10時、Steve Jobs Theaterで上映されたApple Special Event開幕の映像は、映画の名場面を語り合うショートコメディであった。そのなかでティム・クックは「主役」として紹介されかけ「いや、私じゃない。あの男だ」と、画面の奥に映る小さな人物を指した。9月1日付でCEOに就いたジョン・ターナスである。初めてこの舞台に立った日、会長に退いたクックが壇上に上がることは最後までなかった。
ターナスは最初の10分、自らの声で語りかけたが、彼が語ったのは製品ではない。「インテリジェントなパーソナルハブ」という言葉だ。AIは、個人の予定や人間関係や日々の習慣といったコンテクスト(文脈)と結びついたとき、人々の生活を変える大きな役割を果たす。
では、その文脈が集まる中心になる製品とは何だろうか?
他社はそのデータをサーバーに集め、信頼してほしいと言う。自分たちは端末の中で処理し、足りない分はPrivate Cloud Compute(アップル自身もアクセス不可能な高度なプライバシー保護機能を備えた独自クラウドサーバー)で補う。だからiPhoneが、そのハブになる。
原稿を読む気配はなく、淀みもなかった。長年この発表会を取材してきたが、CEOが冒頭を製品ではなく定義に使った例を筆者は知らない。AIの時代に、個人のコンテクストが集まる場所はどこか。それは間違いなくiPhoneだ。
ターナスが発信したのは、新しい時代におけるハブとなるデバイスはiPhoneであるというメッセージだ。この短い10分は、新製品の前置きというよりも、アップルの新しいリーダーとしての所信表明演説だった。
2001年、ジョブズの言葉
発表後の取材で「ハブ」という言葉の出自を問われ、アップルは2001年にスティーブ・ジョブズが掲げた「デジタルハブ」を引用したのだと明かした。あのときMacは、カメラや音楽プレーヤーやビデオカメラをつなぐ中心であり、その中身はデジタル化されたメディアだった。25年後、同じ言葉でiPhoneを置いた中心にあるのは、デジタルメディアではなく個人のコンテクストである。
ターナスは、その2001年にアップルの製品設計チームに入っている。ペンシルベニア大学で機械工学を修め、2013年にハードウェアエンジニアリング担当VP、2021年にSVP。iPad、AirPods、iPhone、Mac、Apple Watchの開発を統括し、製品を修理可能な設計にすることや耐久性を高める取り組みを主導してきた。
CEOとしての最初の舞台で、入社した年にジョブズが語った言葉を選び直し、アップルブランドのハードウェア価値を見直そうとしているのは偶然ではないだろう。



