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2026.09.11 23:56

AI活用力で採用した世代を、私たちは「それ以外のすべて」で評価する

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AI活用力で採用した世代を、私たちは「それ以外のすべて」で評価する

現在、組織に加わりつつある24歳の若者たちは、大方の基準において、私たちが求めた能力に非常に長けている。彼らは優れたプロンプトを作成できる。ほぼあらゆるものの実用的な下書きを1分未満で作成できる。1週間かかるデスクリサーチを午後だけで終わらせる。シニアリーダーが何かの初稿を求める際、彼らはそこに至る最短のルートだ。

そのAI活用力こそが、彼らが採用される大きな理由になりつつある。全米大学雇用者協会(NACE)が2月と3月に185社の雇用主を対象に実施した調査によると、現在、エントリーレベル職の3分の1超がAIスキルを求めており、その割合は6カ月前に報告された水準のほぼ3倍に達している。雇用主に尋ねるのではなく求人票の文言を追跡しているHandshakeは、より低い数字を示している。インターンシップの10.3%、フルタイムの初期キャリア職の4.2%がAIツールに言及しており、1年前の約2倍だ。この2つの数値は測定対象が異なり、その格差は大きい。だが、方向性に疑いの余地はない。

しかし、入社後5年から8年のどこかで、それらのスキルは評価対象から完全に外れることになる。

掲載されることのなかった求人

まずは、そもそも入社できなかった人々のことから始めよう。

スタンフォード大学のデジタルエコノミー・ラボは、何百万人もの労働者をカバーするADPの給与記録を追跡しており、その最新の調査結果は容赦ない。AIの影響を受けやすい職種における22歳から25歳の労働者の雇用は、AIの影響を受けにくい同世代のペースに追従していた場合と比較して、現在は19%下回っている。経験豊富な労働者にはこのようなギャップは見られない。スタンフォード大学の2026年AIインデックスは特定の職種を挙げている。22歳から25歳のソフトウェア開発者の雇用は、2024年から20%近く減少した。

この数値よりも、そのメカニズムのほうが重要だ。これはレイオフ(一時解雇)ではない。離職者の増加ではなく、主に採用の抑制によって引き起こされている。解雇された人はほとんどいない。以前なら掲載されていた求人が、単に掲載されなくなったのだ。レイオフであれば、社内文書が作成され、メディアで報道され、退職金の支払いが伴う。しかし、最初から存在しない求人は何も生み出さない。そのため、特定の世代が組織に入り口を閉ざされている間も、労働市場全体の統計は安定しているように見えるのだ。

組織に入ることができた人々も、より狭き門を通ってやってきた。かつて大卒者の採用を正当化していたタスクは、AIに吸収された。採用を正当化するために残されたのは、それらのタスクを吸収したツールを動かす能力だけである。

証明することを求められる能力

優秀な25歳の社員が、入社後の18カ月間でどのようなことで報われるかを見てみよう。

アウトプットのスピード。生成される選択肢の量。あいまいな指示を会議前の発表用資料に仕上げる能力。その部門が標準化しているツール群を使いこなす熟練度。これらは真のスキルであり、簡単に習得できるものではない。これらのスキルを持つ人々は、持たない人々よりも確実に役に立つ。

同時に、それらはほぼ例外なく、ひとりで磨かれるスキルでもある。

これによって何が失われるかを示す初期の証拠がある。MyIQが6月と7月に10の地域で約2万2500人の成人を対象に調査を実施した。AIを定期的に使用する人のうち、74%が以前なら同僚に尋ねていたような質問をチャットボットにするようになったと回答し、48%が勤務時間中の自発的な会話が減少したと報告している。

ここで重要なのは、より狭く、より具体的な発見である。38%は、かつて人間関係を生んでいた日常的なやり取りがなくなったため、新しく入った社員が関係を築く自然な機会が減っていると答えている。

これは自己申告に基づく意識調査であり、厳格に対照実験された研究ではない。しかし、これが何を描写しているかに注目してほしい。新入社員が孤独であるとか、不幸であるとか、苦労しているということではない。ちょっとした「用事」が消えたということだ。かつて24歳の若手社員が、自分で調べることもできたはずの質問を携えて誰かのデスクの前に立ち、用件が済んだ後もほんの少し長居をする、そんな些細なやり取りのきっかけが失われたのだ。

その「余分な1分間」こそが、用事の本当の目的ではなかった。しかし、それこそが後々まで残る唯一の部分だったのだ。

若手社員の仕事が本当に意味していたもの

エントリーレベルの仕事の本質的な価値は、そこから生み出される成果物にはなかった。入社1年目のアナリストのアウトプットなど、常に微々たるものだった。組織が明文化することなく購入していたもの、それは「近接性」だった。

若手社員は不器用なモデルを作成し、その修正過程を通じてビジネスが実際にどうやって収益を上げているかを学んだ。彼らは議事録を取りながら、CFO(最高財務責任者)がどの異議を2度唱えたかを聞き取った。意思決定が失敗に終わる会議室に同席し、その直後の90秒間にシニアリーダーがどのような表情を浮かべたかを見つめていた。

そのどれもが職務記述書には記載されていなかった。しかし、そのすべてが仕事そのものだったのだ。

これは、逆方向に作用している「現状維持のための予算」の問題だ。組織は若手社員の仕事にかかるコストを常に把握できていた。しかし、彼らがもたらす学習効果には会計上の項目がなかった。そのため、コストが削減されると同時に、台帳に載っていなかった価値も失われてしまった。

すぐに解決策を求めようとせず、この現実に向き合ってほしい。効率化の論理は正しかった。その作業は実に遅く、ミスが多く、低価値であり、シニア社員なら誰でもより迅速にこなせたはずだ。しかし、それを排除したことで、組織が「判断力」を伝承するための最も確実な手段も失われた。判断力は知識ではないため、教室で教えることはできない。それは、自らの行動がもたらす結果に身をさらすことで構築されるパターン認識であり、他者の存在がある中で、リアルタイムに蓄積されていくものだ。その習得速度を加速できた者は誰もいない。

リーダーの育成を意図的にやめたわけではない。ただ、名前を付けたこともないものに対して、対価を支払うのをやめただけなのだ。

テスト内容が変わるとき

ここからが、単なる「損失」ではなく「罠」へと変化する部分だ。

キャリアの最初の10年の後半のどこかで、評価の基準が変わる。真のリーダー候補として検討される人物に投げかけられる問いは、ツールに関するものではなくなる。意見の一致を見ない会議室の場をコントロールできるか。2つのもっともらしい選択肢のうち、組織が実際に受け入れられるのはどちらかを見極められるか。データが誤った問題を指し示している瞬間に気づけるか。曖昧なものを引き受け、軌道に乗るまで徹底的にやり遂げられるか。

これらはすべて、重要な局面において、誰かが下手にやる姿と、その後に見事にこなす姿を見ることで学習されるものだ。

したがって、そのプロセスは以下のようになる。私たちは彼女をAI活用力で採用する。彼女が1人で迅速に成果を出すことを18カ月間にわたって称賛する。判断力を養うはずだった経験の機会を奪う。なぜなら、その機会は、私たちが自動化した「時間のかかる泥臭い作業」の中に含まれていたからだ。そして、後になって彼女の判断力を評価し、能力不足だと見なして、それを「準備不足(レディネス・ギャップ)」と呼ぶのだ。

彼女は私たちが提示したすべての基準を満たしていた。私たちは単に、キャリアの異なる2つの時点で異なる基準を設け、それらを一度もすり合わせなかっただけである。なぜなら、それらの基準は別々の機能部門が所有し、別々のスライドに載っているからだ。

私たちは以前にも、これと似たような過ちを犯したことがある。筆者の所属先であるギャラップ(Gallup)が米国の現場監督者1214人を対象に実施した調査では、65%が主に個人の業績や勤続年数に基づいてその職に就いており、監督能力や過去の管理職経験を理由に選ばれたのはわずか30%だった。ギャラップは、最も優秀な営業担当者をマネジメント職に昇進させた場合、部下の営業成績が7.5%低下することを示した全米経済研究所(NBER)の研究を指摘している。

これは限定された対象と特定の職種に関するものであり、これを普遍的な法則として一般化するつもりはない。しかしこれが証明しているのは、次の職務とは無関係な実績に基づいて昇進させることが、測定可能な損失を伴う、すでに実証済みの失敗パターンであるということだ。現在との違いは、かつてそれを補っていた非公式な仕組みまでもが失われてしまったことだ。異変に気づいてくれるマネージャー、困難なクライアントとの長期にわたるプロジェクト、交渉の場での同席、まだ自分には任されていない仕事を先輩がどのように処理するかを4年間見守る経験といった仕組みだ。

この問題は、健全なシステムを基盤として発生したわけではない。DDIの「グローバル・リーダーシップ・フォアキャスト」によると、リーダーシップの「控えの層(ベンチストレングス)」に対する人事担当者の信頼度は、2020年の11%から2024年には20%へと回復した。しかし裏を返せば、依然として80%の組織が自社の次世代リーダーのパイプラインを信頼していないということだ。

まだ修復可能なうちにすべきこと

すぐに何らかの育成プログラムを作ろうとする衝動に駆られるかもしれない。だが、そうしてはならない。研修プログラムは、対象となる人々がすでに体験し得なくなった経験の下流に位置するものだからだ。

2つの基準を書き出し、1枚の紙にまとめる。23歳でその部門に採用されるための基準と、31歳でリーダーシップ職に昇進するための基準だ。ほとんどの組織は、この2つのリストを並べて見たことがない。並べてみれば、その間にあるギャップこそが、取り組むべき人材育成の課題であることが正確に、かつコストをかけずに浮き彫りになる。

あえて1つの業務をアナログ(手作業)のまま残す。あなたの部門にも、AIが明日からでも代行できるが、そのコスト以上の学びをもたらすタスクが必ずあるはずだ。それを特定し、保護し、その理由を文書化する。生産性のダッシュボード上では不合理に見えるかもしれないが、それでも断固としてその価値を主張すべきだ。

物事がうまく進んでいない場に若手を同席させる。多くの実務体験プログラムは、若手を「お披露目」の場に送りたがる。戦略合宿やタウンホールミーティング、入念にリハーサルされた顧客訪問などだ。しかし、そうした場では何も学べない。なぜなら、そこには何の不確実性もないからだ。若手社員を、決定が覆される会議、目標未達が報告される場、あるいは2人の役員が真っ向から対立する会議に招くべきだ。それこそが、かつて判断力を養っていた会議であり、今や彼らがシステムとして排除されている場なのだ。

「準備不足」と呼ぶのをやめる。31歳の社員が判断力の欠如を理由に昇進を見送られるとき、評価ファイルに記載されるべき誠実な記録は「組織が判断力を養う環境を排除しておきながら、それを基準に評価した」という事実だ。実際のタレントレビュー(人材評価会議)で一度そのように表現してみれば、議論の流れがどのように変わるかを実感できるだろう。

効率性の経済学が間違っていたわけではない。個々の決定は筋が通っており、コスト削減は現実的で、帳簿にも反映され、その論理自体に異論を挟む余地はない。

しかし、この問題が他と異なるのは、後から修正が効かない点にある。管理職層は18カ月もあれば再び採用できる。予算は1四半期で元に戻せる。しかし、意思決定が実際に行われる様子を4年間見守り続けた31歳の社員を、突如として作り出すことはできない。なぜなら、その4年間は、誰かが彼女を23歳で採用し、その会議室に同席させて初めて存在するからだ。

私たちはこれからの10年間、ある世代に対して「君たちにはまだ準備ができていない」と言い続けることになる。彼らが組織に到着する前に、私たちがその準備をする機会を彼らの手の届かない場所へと追いやったというのに。

forbes.com 原文

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