かつて「倒すべき対戦相手」だったAIは今、棋士たちにとってどんな存在になっているのか。
2025年の将棋AIの大会で世界一に輝いた「水匠(すいしょう)」は、藤井聡太竜王・名人も活用していることで知られる将棋AIソフト。その開発者で、将棋系VTuber「たややん」としても活動する杉村達也が、将棋界とAI活用の歩みを解説する。
現在発売中のForbes JAPAN10月号別冊「HUMAN-CENTERED AI 想像は創造できる!」より、抜粋してお届けする。
かつて2017年に、コンピュータが将棋の現役名人を公の対局の場で打ち破り、世間に大きな衝撃と話題を呼んだ将棋界。世の中にAIの波が訪れる遥か前の、2010年代から「AIとの共存と活用」を体現してきたこの業界は、AIと人間が対立する時代をとっくに過ぎ、「協働」というまったく新しいフェーズに突入している。
その歴史的転換点の裏には、革新的な数々の将棋AIソフトの存在がある。プロ棋士を初めて打ち破ったソフト「Ponanza(ポナンザ)」をはじめ、多くのAI開発の基盤として技術的エコシステムを支える「やねうら王」、ディープラーニングを導入し序盤の大局観や形勢判断でプロ棋士たちを魅了する「dlshogi(ディーエルしょうぎ)」、そして世界大会を制した「水匠(すいしょう)」など。
これらの高性能なソフトが広く公開されたことをきっかけに、現在では多くの棋士が日常的にAIを戦術研究に取り入れるようになった。将棋界の絶対王者、藤井聡太竜王・名人も、将棋AIを日常的な研究に導入していることを公言している。AIは脅威ではなく、さらなる高みを追求する心強いパートナーへと役割を変えたのだ。
AIは戦術をどう変えたのか?
本業は弁護士でありながら、「水匠」を個人で開発し、VTuber「たややん」としても将棋AIの解説や最新情勢を親しみやすく発信する杉村達也は、将棋とAIの関係性の変化を次のように説く。
「将棋AIの進歩により、それまで必勝とされてきた作戦の弱点が明らかになったり、従来にはなかった巧妙な戦術が発見されたりするなど、AIが作戦そのものの変容を促してきました。なかでも最も大きな変化は、対局後の『反省』の質が飛躍的に高まったことです」
局面のデータを入力すれば、AIが瞬時に最善手と勝率を弾き出せるため、人間の感覚では曖昧だった「どの手が勝率を落とす悪手だったのか」という振り返りが極めて正確に行えるようになった。
正確な反省に基づき対策が練られるため、同じ作戦を二度使うことは難しくなる。つまり「作戦の賞味期限が短くなった」ことで、棋士たちは必然的に新たな戦術を模索し続ける。結果として将棋の戦術は、AIの登場によってかつてない速度で進化を遂げた。
祖父から教わった趣味が転じて、コンピュータ将棋に関するブログからプログラミングに興味をもち、杉村が開発に着手したのは2017年のこと。当時は将棋AIがプロ棋士を打ち破り、開発手法もある程度やり尽くされたといわれていたころだ。
「その後、2019年、2020年には、もはや8〜9割の棋士の方々が将棋AIをツールとして活用する環境になりました」
杉村のところにも、トップ棋士からソフトウェアの使い勝手と活用法に関するリクエストが寄せられるという。
進化し続ける、盤上の知能
すでに人間を遥かに凌駕した将棋AI。人間がAIに敗れた当時、将棋界や世間の間では「もう将棋AIを開発する意味も失われ、下火になっていくのではないか」という声も上がっていた。
しかし、現実に起きた展開は逆だった。



