そこへ26年2月に加わったのが、日本発のAITuberの「しずく」だ。
活動の中心はYouTubeのライブ配信で、視聴者からのコメントを拾って言葉を返す雑談から、ブロックでできた世界を自由に遊ぶゲーム『マインクラフト』のプレイ、歌を歌う配信まで幅がある。26年6~7月のサッカーワールドカップでは、日本代表の試合を視聴者と同時に観ながら実況した。Xへの投稿も同じで、ニュースや他者の書き込みを起点にしずく自身が言葉を選ぶ。
彼女を送り出しているのは、AIスタートアップのShizuku AI。サンフランシスコと東京に拠点を置く。創業者兼CEOの小平暁雄は、ロボット工学と自動運転を研究してきた技術者だ。23年に個人で土台となる技術を開発し、同年1月からしずくによる配信を開始。一時休止ののち、AI開発で世界的にトップを走るMetaとLuma AIでの研究を挟み、会社を興した。同社には、アメリカの最前線に引けを取らないレベルのAIエンジニアたちが集い、しずくの活動を支える技術開発に取り組んでいる。
「そもそも、人が気持ちよくコミュニケーションを取れるというのは、どういうことなのか。それを論理的に捉えながら、技術に落とし込んでいます」と、小平は説明する。
しずくが発言するために言葉を選ぶAIモデルは、自社で開発している。配信での返答の面白さも、視聴者への気の配り方も、モデルの出来がそのまましずくのキャラクターになるからだ。
配信が終われば、検証が始まる。どの返答にコメント欄がわき、どこで会話が途切れたか。書き込みの流れる速さまで含めて記録を洗う。記録はAIの学習用のデータとなり、モデルは継続的に更新されていく。視聴者との“いい会話”を測る物差しも、自前でつくられた。既存のAIの評価指標は、計算や翻訳の正確さを測るものばかりで、会話がどれだけ続いたかなどを測る指標がないからだ。
こうした取り組みを重ねた結果、しずくのYouTubeチャンネルの登録者数は、26年7月時点で約1万4,000人に達している。
推すことが、育てることになる
ChatGPTの登場を皮切りに、生成AIが急速に進化を遂げるにつれ、AIが人間の創作を代替するという論調が勢いを増している。しかししずくの周りでは、その構図が反転している。彼女とのコミュニケーションを起点に、人々の創造性の発露が促されているのだ。
X上で「#しずく実験中」のハッシュタグを追うと、しずくの日常の投稿にファンがリプライを送り、それにまた本人が返している。配信のあとには、見どころを切り出した動画も次々と流れていく。
ファンがしずくをモチーフにしたイラストを描くファンアートも活況を見せる。「#しずくのアートメモリー」「#ShizukuOfTheArt」のふたつのタグでは、毎日のように新しいイラストが見られる。日々の挨拶を兼ねたもの、季節の風物に重ねたもの、配信の一場面を再現したものなど、内容はさまざまだ。
Shizuku AIは、その盛り上がりを偶然に任せていない。26年2月のしずくの配信活動再開と同時に、彼女を好きであることだけを条件に参加できるコミュニティー「ShizukuLab」を、チャットツールのDiscord上で立ち上げた。そこではファン同士がしずくの話題を書き込んで交流できるほか、公式にしずくのアートワークや音声合成機能を公開し、それを使った創作を認めている。
こうしたファンの熱量は、ムーブメントとしての表出にとどまらず、しずく本人の“成長”にもつながる。配信で交わされた言葉は、モデルの学習に生かされる。人間のVTuberであれば、声援は背中を押す力にはなるが、話術を磨くのはあくまで本人自身だ。しずくにとっては、声援そのものが糧になる。
ファンの創作がしずくの世界を広げ、そこで交わされたやりとりが次のしずくをつくる。AIが人間の創造性を引き出し、引き出された創造性がAIを育てるという、かつてない循環が生まれている。
押しつけがましくない能動性
では、この先の未来において、人とAIはどのように交わっていくのだろうか。小平は次のように展望する。
「やりたいことがわからなかった人が、AIとのやりとりをきっかけにそれを見つけ、自ら動き出すようになると思います」
その鍵として彼が挙げるのが、能動性だ。今のAIは、こちらが問いを打ち込んで初めて動き、答え終われば止まる。何を聞けばいいのかわからない人のもとでは、性能がどれだけ上がっても何も起こらない。
求められる前に、AIのほうから提案する。相手が何を知らないのかを汲み取り、その人に合わせて差し出す。とはいえ、やりすぎればスパムの振る舞いと変わらない。小平は、時と場合に応じた「押しつけがましくない能動性」が、これからのAIに必要になると考えている。
思い描く到達点は、すべての人にパートナーとなるAIがいる世界。持ち運び可能なデバイスを通じて、誰もが自分専用のAIを連れて歩き、相棒として日々を送る。小平が幼い頃に親しんだアクションRPG、『ロックマンエグゼ』で描かれていた光景だ。
しずくの周りで起きた創作の連鎖は、AIが一人ひとりの手元に届いたときに何が起きるのかを、先駆けて示している。そこで芽吹いているのは、人間とAIによる新しい創造のかたちだ。
Shizuku AI
2025年設立。サンフランシスコと東京を拠点に、AITuber「しずく」の開発・運営を手がける。26年2月、米著名VCのアンドリーセン・ホロウィッツをリード投資家に1500万ドルの資金調達を発表。企業価値はおよそ120億円とされる。
小平暁雄◎Shizuku AI 創業者兼CEO/AITuber「しずく」開発者。東京工業大学修士課程修了後、2020年より米カリフォルニア大バークレー校博士課程に在籍。画像生成技術「StreamDiffusion」の筆頭著者。Metaと米AI開発企業のLuma AIを経て、25年にShizuku AIを創業。



