ミツバチがこのように進化した理由
雄蜂は、受精していない卵から孵化する。つまり、父親はおらず、染色体は1セットしかない(半倍数性と呼ばれる性決定システムで、性染色体が存在せず、染色体数によって性が決定される。未受精卵から生じる一倍体[半数体]の個体はオスとなり、受精卵から生じる二倍体の個体はメスとなる)。
雄蜂は、一度きりの交尾のなかで、次世代へと残せるものは何もかも、精子を通じて伝えなくてはならない。なぜなら女王蜂は、生涯の早い段階の限られた期間にのみ複数回交尾するが、充分な量の精子を体内に保存したら、あとは二度と交尾をしないからだ(女王蜂の交尾飛行回数は、最大4回程度とされる)。2015年に『PLOS ONE』で発表された研究によると、女王蜂が交尾する雄蜂の数は、平均12匹ほどだという(それより多いケースも記録されている)。
したがって、雄蜂が2匹目の女王蜂を見つけられる確率は、現実的に見てほぼゼロだ。自然選択が目指しているのは、雄蜂が交尾後も生き延びることではない。一度の交尾で、できる限り多くの精子を放出することと、次の雄蜂の交尾を難しくすることだ。
生物学者はこの一般的なパターンを「終末投資仮説(Terminal investment hypothesis)」と呼んでいる。これは、2017年に『Behavioral Ecology and Sociobiology』で発表されたレビュー論文で提示された仮説で、「この先の繁殖が実質的に見込めないなら、目の前の試みにすべてを投じる方が得策だ」という考え方だ。つまり、慎重な方法よりも、「交尾直後に体を破裂させる」方が、勢いをつけてより多くの精子を送り込める。また、女王蜂の体内に内陰茎の先端を残しておけば、数秒ほど時間を稼いで、次の雄蜂を妨害することができる。どちらのやり方も、命を懸ける価値がある──どのみち、次の繁殖機会はもうないからだ。
あまり知られていないことだが、大半の雄蜂は、交尾の機会を一度も得られない。そして、たとえ生き残ったところで、何の役にも立たない(雄蜂は自分ではエサをとることができず、働き蜂から与えられる)。米デラウェア大学の養蜂に関する教育資料によると、繁殖期が終わりに近づき、食料が乏しくなると、働き蜂は、生き残っている雄蜂を巣から追い出し、戻ってこられないよう妨害するという。追い出された雄蜂は、そのまま外で餓死するしかない。
そうなると、雄蜂のトレードオフに対する見方も随分変わる。交尾する雄蜂は、「5秒間」と「長い寿命」を引き換えているわけではない。差し出しているのは、エサを与えてくれる働き蜂から追い出されるまでの数週間だ。そう考えれば、「5秒間」は良いディールと言える。
こうした雄蜂の生涯について、私たちが快く感じないのは、ミツバチというよりは、人間の価値観を投影しているにすぎないのではないだろうか。私たちは本能的に、重要なのは個人という単位だと考え、雄蜂の死を損失(悲劇)とみなす。なぜなら、私たちは自分自身の人生をそのように感じ取っているからだ。
しかしミツバチの群れは、そのようには機能していない。巣は一つの有機体に近い。そして雄蜂は、巣の構成員というよりもむしろ、巣が生み出し、利用し、のちに不要となる一つの細胞として機能している。雄蜂は、群れの犠牲になっているわけではない。雄蜂は群れの一部であり、課された役目を果たし終えただけなのだ。


