チームで問題解決やブレインストーミングに取り組むとき、私は必ず「視野を広げる」あるいは「絞りを広げる」よう促す。それは、明白なものや慣れ親しんだものに落ち着くのではなく、検討するアイデアの幅を広げるという意味である。最良の答えは、ときに既存の思考の周縁から生まれる。
そのために、私はこう問いかける。「仮に私が数学者、あるいはスポーツ賭博をする人で、成功する確率を高めたいと考えているとする。選択肢を狭い視点で見るのと、より広い範囲で見るのとでは、どちらの方が成功の確率は高まると思うか」
返ってくる答えは「狭い視点ではない」である。広い視野の方が成功の確率を高めるからだ。だからこそ私たちは、選択肢の幅を狭めようとする人々や組織に気づき、それに抵抗する意思を持たなければならない。
可能性を広げる
私たちは物事を、赤か青か、黒か白か、左か右かといった、二者択一で捉えがちだ。しかし、どんな2点の間にも幅広い選択肢が存在する。AとZのどちらかを選べと言われたら、L、M、Nが存在することにすら気づかないかもしれない。だが実際には存在しており、そのうちの1つ、あるいはアルファベットの他のどれかが、あなたの状況にとってより良い選択かもしれない。
選択とは、多くの場合、単なる二分法ではなく、選択肢のスペクトラムとして私たちの前に現れる。変数とニュアンスが増えるこの道は、おそらくより骨の折れるものになるだろう。それでも、新たに提示される未知の可能性を考えれば、その努力には価値がある。
私がネイサン・カミングス財団で経験した例を紹介したい。
フィランソロピーの世界では、すでに知っている人や取り組みを資金面で支援し続けるという考え方に陥りやすい。それは居心地がよく、便利で、おそらく時間効率も高い。しかし、このやり方がもたらす意図せざる結果は、投資機会に対する私たちの視野を狭めることだ。
私の信条は、優れた社会的インパクト投資家は、自分たちが知らないこと、知らない人に対して健全な警戒心を持つ、というものだ。つまり、機会を見つけるためには絞りを広げなければならない。これは、実績ある考え方や確かな勝者を捨てるという意味だろうか。そうではない。むしろ、探索には価値があり、それを自分たちの実践で裏づけなければならないという意味である。
私たちは「ベンチャー助成金」という新しい助成カテゴリーを設けることにした。これは文字通り、成功しているベンチャーキャピタルの手法を参考にし、スタートアップの社会的ベンチャーや、画期的なアイデアを持つ既存組織にシード段階の資源を提供するものだ。現状維持の慣行を脇に置き、ルールを変えたことで、応募は爆発的に増え、従来なら見逃していた可能性が高い優れたアイデアや人々に投資できるようになった。私たちは以前より忙しくなったが、それは有意義な時間である。私たちが「Justice Journey」と呼ぶ使命に、より近づけてくれるからだ。
ゲームのルールを変える
人間は、パターンやルーティンに陥りやすい。ある作業は、これまでずっとそうしてきたからという理由で、一定のやり方で行われる。なぜ変える必要があるのか。やがてそのパターンは固定化され、ほどなくゲームのルールになる。それを変えることは好ましくないとされる。だからこそ、変えるべきなのである。
私は自著『The Tyranny of False Choices』で、ママドゥ=アブ・サールについて語っている。セネガル出身の父とベナン出身の母のもとにフランスで生まれた彼は、人種を理由にしばしば機会を拒まれた。スポーツ選手としてのキャリアは実を結ばなかったが、彼は屈するのではなく、投資銀行業界に進むという新たな目標に向かって前進した。時間はかかった。それでも、どれほど多くの人が自分たちの狭い視野で彼を見ようとも、彼は前に進むことをやめなかった。
彼の会社はいま、10億ドル(約1530億円)を超える口座を扱っている。それでも、多くの投資家は絞りを広げなかったため、彼を見送った。ママドゥ=アブを信じた人々は、視野が近視眼的ではなかったからこそ、成功を手にしている。
目を開く
あなたは、日常的に提示される二者択一に屈する必要はない。代わりに、自分の選択肢を検討すべきだ。自分の運命の境界を定められるのは、自分だけであるべきだ。
見るべきもの、探るべきものはまだある。ただしそのためには、何が可能かに心を開かなければならない。



