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2026.09.11 15:15

「手残り設計」が年収より重要 M&Aのプロ、恵島良太郎の人生経営論

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20代のある夜、私は初めて自分のライフプランを紙に書きました。大学を卒業し、エンジニアとして就職して数年が経った頃です。収入の見通し、資産の目標、貯蓄の計画。そういった数字を一つひとつ並べていきました。当時の年俸は300万円。将来どれだけ収入を上げられるか、いつまでに何を手に入れるか。若者らしい希望と焦りが入り混じった、真剣な作業でした。
 
そのなかで、ふと両親の年齢を書き込んだのです。手が止まりました。平均寿命から逆算すると、年に一度しか帰省しない私が両親と過ごせる時間は、残りおよそ90日。月に換算すれば、たった3カ月です。
 
宮崎の実家を出て都内で働いていた私は、お盆か正月に一度帰るだけの生活を送っていました。そうなると1回の帰省で会える時間はせいぜい3〜4日。それを残りの帰省回数に掛け合わせていくと、「90日」という数字が出てきた。数字そのものよりも、自分がそれを一度も考えたことがなかったという事実に、頭を殴られたような気がしました。
 
「時間は有限であり、お金はその時間を買う手段だ」
 
この当たり前の事実に、腹の底から気づいた夜でした。それが、この連載の出発点です。

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経済寿命至上主義という危険な思考

90日という数字は、私に強烈な変化をもたらしました。それまでぼんやりと「いつかもっと稼げるようになればいい」と考えていた私が、「今すぐ稼がなければならない」という切迫感に突き動かされるようになったのです。財務の言葉で言えば、PL(損益計算書)思考。「今期いくら稼いだか」「今年の年収はいくらか」という目先の稼ぎへの傾倒です。
 
この思考自体は、間違っていなかったと思います。親との時間を増やすためにはお金が必要だという判断は正しかった。 しかし振り返ると、あの夜から私の人生は少しずつ歪み始めていました。稼ぐことが手段であったはずが、いつの間にか目的に。経済的な豊かさを追うことが、人生のほぼ全てを占めるようになっていきました。私はこの状態を「経済寿命至上主義」と呼んでいます。
 
経済寿命とは、生活と選択の自由を支える経済的基盤が続く期間のことです。これを最大化することが、当時の私の人生の最優先課題でした。事業を立ち上げ、育て、売却し、また次の事業を立ち上げる。IPOを2回目指し、2回失敗した。それでも方向を変えてM&Aをすることに軸足を置き、「狙ってできる」という確信のもとにエグジットを繰り返してきました。
 
経済寿命の確保という目的のために、私はファイナンス思考を磨き続けました。短期のPL(損益)ではなく、長期のBS(貸借対照表)とCF(キャッシュフロー)をベースに、将来生み出す価値を現在価値に割り戻して意思決定する。売却額よりも手残りを最大化する構造を設計する。これらは、経済寿命を最大化するために磨き上げた経営の技法でした。
 
しかし、ある日気づいたのです。
 
私は「会社という事業」の経営者としてはファイナンス思考を使いこなしてきたが、「恵島良太郎という人生」の経営者として、同じ思考をただの一度も使っていなかった、と。
 
会社の中期経営計画は3パターン作るのに、自分の人生の中期経営計画は1行も書いていない。47歳になるまで正面から向き合ったことのないテーマでした。
 
M&Aアドバイザーとして、私は多くの経営者の「出口」を見届けてきました。数十億円の資産を手にした後、虚無に陥った方を何人も見ました。会社の売却が成立した瞬間に達成感より喪失感の方が大きかった、とおっしゃる方も少なくなかった。経済的には完全に成功した。しかし何かが、根本的に欠けていた。
 
その「何か」とは、家族との関係、社会とのつながり、自分が何者であるかという感覚……。これらはいずれも、経済寿命の追求に夢中になるうちに、いつの間にか希薄になっていたものです。
 
そしてあるとき、自分がそこに向かいつつあることに気づきました。

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文=恵島良太郎 編集=露原直人

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