人生には「5つの寿命」がある
そうしたなかで至った考えが、「寿命」という概念は、実は多層的なものではないか、ということです。私たちが「寿命」と聞いて思い浮かべるのは、心臓が止まるまでの「身体寿命」です。これが人生という事業の「出口」です。M&Aの言葉で言えば、最終的なエグジット。どんな経営者も資産家も、この出口だけは避けられません。
しかし人生を経営という視点で見ると、身体寿命に至るまでの時間は、複数の異なる「寿命」から成り立っていることがわかってきます。私はそれを、以下の5つに整理しました。
経営においてKGIとは、最上位の目標指標のことです。売上でも利益でもなく、その会社が最終的に達成すべき状態を示す数字です。人生のKGIとして、この5つの寿命を設定することをオススメします。
【身体寿命】
生物として生きている状態の長さ。すべての寿命の土台となる固定資産です。身体という基盤が整わなければ、他のいかなる寿命も支えられません。
【健康寿命】
単に生きているだけでなく、健康な状態で生きている期間。自分が他者からどう見えているかをメタ認知する力も、この健康寿命の重要な構成要素です。心身の健康と社会における自己認識は、切り離せません。
【経済寿命】
生活と選択の自由を支える経済的基盤が続く期間。私がかつて唯一追い求めていた寿命です。重要なのは「稼ぐ量」ではなく「手残りの設計」にあります。
【社会寿命】
社会に対して何らかの貢献ができている状態の長さ。家族との関係、友人との信頼関係、コミュニティへの関与がここに含まれます。「あなたがいなくても回る社会」ではなく、「あなたがいることで豊かになる社会」を設計することです。
【存在寿命】
人は2回死ぬと言われます。1回目は心臓が止まった時。2回目は、誰からも忘れられた時。死後も人々の記憶や影響の中に残り続ける期間が、存在寿命です。
人生のROAを考える
5つの寿命を踏まえ、考えるべきことは、これらをどのように管理し、それぞれの寿命を伸ばすかです。
経営で言えばROA(総資産利益率)の問いです。いかに大きな資産を持っていても、それが生み出すリターンが小さければ、経営者としてマイナス評価を受けます。資産の大きさではなく、資産が生み出した価値こそが問われるのです。
人生も同じではないでしょうか。
30億円の資産を残して亡くなった方が、その過程で社会寿命と存在寿命への投資を怠っていたとすれば、それは人生のROAとして、高い評価を受けられるでしょうか。経済寿命だけが突出し、他の寿命が枯渇した人生は、企業でいえばひとつのKPIだけが突出して他が崩壊している経営状態と同じです。
人生の最も有限な資源は、時間です。この限られた資源を、5つの寿命のうちどこに配分し、どのように効率よく各寿命を伸ばすか、あるいは縮めないようにするかを意識的に考えること。これが、私の24年間の経営経験を人生に当てはめて辿り着いた、「人生のファイナンス思考」という考え方です。
「手残り」「属人性の排除」。M&Aの原則は人生にも当てはまる
この連載では、私がM&Aの現場で磨いてきた原則を、一つひとつ人生という事業に当てはめていきます。
たとえば「手残り」。人生で言えば、「最後に自分のもとに残る、本当に大事なもの」のことです。お金だけではありません。時間、家族、健康、評判、そして機嫌。年収という「売却額」ではなく、人生全体の手残りで自分を測る習慣をつけたいものです。
「属人性の排除」という観点も人生に当てはめられます。つまり、「子どもが、自分がいなくても生きていけるようにする」ということです。会社で社長依存を消す作業と、家庭で子どもを自立させる作業は、本質的に同じです。
そして私自身がいま実際に取り組んでいるのが「2段階エグジット」。一度の決断で人生のすべてを売り渡さず、複数のフェーズで主導権を取り直していく考え方です。たとえば、40代で経済的独立を一度確保したうえで、50代で本当にやりたいテーマに再投資するということです。
もうひとつ欠かせない原則が「ディールフィーバーへの警戒」。人生には、判断力が鈍る瞬間が必ずやってきます。魅力的なオファーや、周囲からの高い期待。そのときに冷静でいられる人だけが、最終的に手残りを守れるのです。
あの夜、私は両親と時間をともにできる残りの日数を計算しました。その数字が、私の24年間の経営者人生を動かしてきたとも言えます。いま、その経営者人生で得た知恵を、人生全体に向け直す時です。
読者の皆さんに考えて欲しい最初の問いは、これです。
あなたが今日、もっとも多くの時間とエネルギーを注いだものは、5年後のあなたにとって資産になっているでしょうか。それとも費用として消えてしまうものでしょうか。
次回、10月は、最大の固定資産である「身体寿命」と、見えない無形資産である「健康寿命」を経営する方法について書きます。


