〜決断する人のAI〜「リアルの価値」を磨くためのAX【阪急阪神百貨店×PwC】
「リアルの価値」を
磨くためのAX

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2026年9月30日

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〜決断する人のAI〜「リアルの価値」を磨くためのAX【阪急阪神百貨店×PwC】

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AI時代には、百貨店の強みである“接客を通じて生み出される価値”をどのように進化させるべきか――。コロナ禍を機にデジタル戦略を強化してきた阪急阪神百貨店は今、AX(AIトランスフォーメーション)の実践段階にある。同社のAI活用の現状、今後の百貨店ビジネスとAIの向き合い方について、阪急阪神百貨店 執行役員 岡田幸是と、PwCコンサルティング パートナーの三觜英男が語り合う。

「コミュニケーションリテイラー」への挑戦

――まず、阪急阪神百貨店のデジタル戦略のビジョンと、これまでの取り組みについてお聞かせください。

岡田幸是(以下、岡田):転機はコロナ禍でした。お客様と対面でコミュニケーションが取れなくなったとき、リアル店舗に注力したビジネスモデルのあり方と、当社が本当の意味で一人ひとりのお客様とつながっていたのか、という課題が浮き彫りになったのです。当時、顧客情報は売り場単位でしか管理されていませんでした。しかも、手書きの台帳がそのままシステムに移行した、というレベルです。お客様が隣の売り場でどのようなお買い物をなさっているか、別のフロアで、あるいは当社の別の店舗でどのような商品をお求めになっているか——それが会社全体として把握できていませんでした。自社クレジットカードのご利用履歴という形では把握できても、点と点がつながっていなかったのです。

そこで、当社も所属するエイチ・ツー・オー リテイリンググループ各社を横断して顧客情報を統合する「H2O ID」というデータ基盤の構築に取り組むことになりました。「H2O ID」の整備とともに、ホームページやECサイトの見直し、スマートフォンアプリの構築なども並行して進めてきました。現在は、阪急阪神百貨店における「H2O ID」の導入がグループ各社に先駆けて一定のレベルまで達し、いよいよ活用フェーズへと軸足を移しているところです。

三觜英男(以下、三觜):エイチ・ツー・オー リテイリンググループが標ぼうする「コミュニケーションリテイラー」へと進化すべく、OMOビジネスの展開を図っていますね。百貨店業界はバブル期をピークに市場が縮小し、その後ECなどの台頭によって厳しい競争環境にさらされてきましたが、AIをはじめとするデジタル技術の活用が広がるなかで、一周回って「リアルならではの体験価値」が見直されていると感じています。その観点で言えば、阪急本店をはじめリアルな体験価値を得られる場を持っているというのは強みであり、お客様に対して高い訴求力をお持ちです。そうしたなかでも、阪急阪神百貨店ならではの挑戦を続けられていることには大変感銘を受けました。

岡田:ありがとうございます。まさに今三觜さんにお話しいただいた通り、現在、私たちが目指しているのは、「コミュニケーションリテイラー」という新しいビジネスモデルの実現です。リアル店舗でモノを販売するだけではなく、デジタル技術も活用した情報提供や継続的なコミュニケーションを通じてお客様との関係性を深め、お客様が理想とするライフスタイルの実現に寄り添うパートナーでありたいと考えています。これを実現するカギとなるのが、「H2O ID」です。実店舗とオンラインをシームレスにつなぎ、いつでもどこでもお客様との接点をもつことで、お客様一人ひとりに寄り添う新たな百貨店ビジネスモデルの構築を進めています。

――社内ではAI活用を積極的に進めているとのことですが、実際にはどのように使われているのでしょうか。

岡田:当社のビジネスの土台は、百貨店の売り場でのリアルな接点から生まれる価値の提供です。この点はこれからも変わりません。その一方で、お客様には見えない部分でAI活用による効率化や合理化を進めてきました。特徴的なのが、CS(Customer Satisfaction)推進室での取り組みです。これはまさに、現場発で知見やノウハウといった人財の価値を、全社資産へと展開するものです。

百貨店の売り場のディスプレイを飾る仕事には、色のコーディネートから商品の配置まで、長年の経験でしか培えない勘所があります。これまでは、その勘所を知る一握りのスペシャリストが売り場を一つひとつ回り、対面で指導するしかありませんでした。自ずと指導できる人数には限りがあり、行き渡らない売り場もありました。

CS推進室は、この構造そのものをAIで置き換えました。まずはスペシャリストの知見などをAIに読み込ませました。そのうえで、売り場メンバーがディスプレイの写真を撮ってAIに読み込ませると、色使いや配置の評価に加えて、「この配置はマナー上好ましくありません」といった具体的な指摘まで返ってきます。しかもこの仕組み自体、現場のスタッフが自ら組み上げたものです。

こうした現場発のボトムアップの動きを後押しするため、AI導入の初期段階において「セキュアな環境を用意できたので、積極的に活用していく」という明確なメッセージを全社に向けて発信しました。さらに、全社的なリテラシーの底上げを図るべく、IT・デジタル全般における組織的なサポート体制や研修の拡充にも努めているところです。

阪急阪神百貨店 執行役員 IT・DX推進室担当
岡田 幸是

三觜:現場の皆さんがこうした課題感からボトムアップで活用を広げられているのは、素晴らしいアプローチだととらえています。私たちPwCコンサルティングとしても、ご要望を伺いながら、不足しているケイパビリティを補い実際の業務変革へとつなげるサポートを大切にしています。各自で対応できる範囲は深く使いこなしていますので、私たちが支援しているのは、より複雑なプロセスをAIエージェントでどう解決するかといった設計の部分です。人間が手作業で行うと膨大な時間がかかる処理をAIに任せ、その結果を人が確認する。こうした役割分担を構築するだけで、処理ボリュームをこれまでの2倍、3倍へと引き上げることが可能になります。

岡田:今後は、個々の従業員のAI活用を進めていく一方で、複数の部門間で連携して行われる横断型業務への展開を考えています。例を挙げると、催事などで新しい取引先に出店いただく際の多岐にわたる様々な手続きや段取りなどです。例えば、契約に関しても、フォーマットは決まっていても、詳細な条件やお約束事は取引先ごとに異なるので複雑かつ属人的な業務になっています。ベテラン社員は「どの部門に何を頼めば取り組みを前進させることができるか」を熟知していますが、経験の浅い社員にはその判断が難しい。そこで、AIを使って現状の業務プロセスを解析し、手続きの自動化などを進めていきます。

会社の規模が大きくなるほど、一つひとつの手続きを担当する部署が数多く存在するケースがよくあります。物事を進めていくには、経理、総務、業務運営など、順を追ってそれぞれの領域を担ういくつもの部署と連携していく必要があり、その勝手を知り尽くしているのがベテラン社員です。新しく入ってきた社員はそれが分からず、右往左往してしまう。この手続きの流れ自体をAIで自動化することに加えて、「こういうことをやりたい」という問い合わせに答えてくれるチャットボットの整備も進めています。ベテラン従業員の「暗黙知」が数多く存在するのが百貨店ビジネスの特徴かもしれません。そうしたスキルやノウハウを可視化し、標準化できることこそ、AIを活用する大きな価値だと考えています。

「守り」のガバナンスと、変化に向き合う「覚悟」

三觜:現場でのAI活用が加速する一方で、やはりガバナンスの視点も極めて重要です。今まで培ってきた業務がAIに代替されていくなかで、「自分は何を担うべきか」という戸惑いが生まれる可能性もあります。そうした変化に対するチェンジマネジメントのサポートも、私たちが向き合うべき大きなテーマのひとつです。同時に、機密情報の取り扱いなど、悪気なく起こり得るリスクに対する「守り」の統制をどう整えるか、その両立が欠かせません。

岡田:それに加えて、AIを活用する「覚悟」をいかに社内に醸成していくかということも、これから重要なテーマになると考えています。小売業界の中で競争力を高めていくためには、当社が誇る経営資産である“接客を起点に生まれる価値”を進化させていかなければなりません。AIをはじめとするデジタル技術は、そのための強力な支援ツールです。

しかし、AIを私たちが何十年もかけて磨いてきたスキルやノウハウを短時間で再現するものとだけ捉えると、当然、そこには心理的な抵抗感が生じます。だからこそ今後は、テクノロジーの進化をいかに変革につなげていくか、これまで培ってきた強みを生かしながら新たな方法に挑戦できるか、そしてそのためにどのようなマインドをもつべきかを、組織全体で考えていく必要があるということです。

三觜:長年培ってきた知識やノウハウをAIに委ねる場面が増えていくなかでは、「では、自分はどのようなことに価値を発揮するのか」を従業員一人ひとりが主体的に考えることが不可欠になります。その答えは経営層が示すべき方向性と、現場の中で見出していくべきものの双方が存在します。企業としてどのような価値を顧客へ提供していきたいのか、その指針を明確に示すことができれば、人とAIが担うべき役割や、人だからこそ発揮できる価値も自ずと見えてくるはずです。AIは人に取って代わるものではなく、より高い価値を創造するためのパートナーであるという視点を組織全体で共有できるかどうかが、今後の競争力を左右するカギになるでしょう。

PwCコンサルティング 執行役員/パートナー 
三觜 英男

人の力を磨き、「グローバルデパートメントストア」へ

――2026年は「Agentic Commerce(エージェンティックコマース)元年」とも言われていますが、小売業界にはどのような変化が訪れると考えられるでしょうか。

岡田:これだけ変化のスピードが速い時代になると、正直なところ、将来を正確に予測するのは難しいですね。ただ、お客様に店舗へ足を運んでいただき、販売員とのコミュニケーションを楽しみながらお買い物をしていただくという基本的な価値は変わらないと考えています。変わるのは、その裏側でAIが業務を支え、お客様に提供する価値をさらに高めていく部分です。

具体的には、お客様情報をもとに提案を高度化していくことで、一人ひとりに最適化されたタイムリーで質の高いコミュニケーションを実現したいと考えています。そのなかに私たちならではの感性や、長年接客を通じて培ってきたセンスを織り込んでいくことが競争力につながるのだと思います。それは海外のお客様との関係づくりについても同様です。AIを活用することで、言語や文化、習慣の違いによるハードルを下げることができます。特に阪急本店は、世界中のお客様がその価値を十分に享受できる「グローバルデパートメントストア」へと進化させていきたいと考えています。

三觜:エージェンティックコマースの進展により、消費行動は大きく二極化していくと見込んでいます。効率性が重視される日用品の買い物などはAIエージェントに任せる時代になる一方で、非日常的で特別な買い物においては、実際に商品に触れ、人との対話を通じて選ぶ体験の価値がより一層高まるはずです。そうした観点から、阪急阪神百貨店のように接客を起点とした体験価値を提供するビジネスモデルには、極めて大きな可能性が宿っていると考えています。

ただし、エージェンティックコマースが一般化すれば、「大阪で買い物をするなら阪急本店だ」と顧客側のAIエージェントに正しく指名される存在でなければなりません。さらに言えば、デジタル空間においても、自社が提供するサービスがお客様との接点として選ばれ続けなければ、店頭を訪れる前の段階で他社に顧客接点を奪われてしまいます。こうした備えを怠れば、いつの間にか売上の伸びが止まり、気づかないところで他社に市場を侵食されて地盤沈下していくというリスクがどうしても生じます。

だからこそ、デジタルでの戦いを放棄して従来のアナログな領域だけに逃げ込むのではなく、岡田さんがおっしゃるように、AIが中心に回る世界の中で、人ならではの魅力をいかにデジタルと融合させていくかを考え抜くことが何よりも重要になると確信しています。

AIがどれほど進化したとしても、最終的な意思決定や信頼関係の構築を担うのは人です。阪急阪神百貨店が長年積み重ねてきた「人が生み出す価値」を土台に、AIをどう活用し新たな価値創造へと昇華させていくのか。その先進的な挑戦は、小売業界全体にとっても大きな示唆を与えるものとなるでしょう。

岡田 幸是

阪急阪神百貨店 執行役員 IT・DX推進室担当。同志社大学卒業後、阪急百貨店(現エイチ・ツー・オー リテイリング)に入社。営業企画部門を経て、商品部門・販売部門、営業管理、IT企画業務などの責任者を歴任。

三觜 英男

PwCコンサルティング 執行役員 パートナー。外資系IT会社、事業会社を経て現職。長年にわたり小売業界、近年は百貨店の事業変革などを中心に担当。業界構造の変化を踏まえたDX/AX推進の支援に携わる。

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