筆者は、さまざまな業界の多くのブランドが、製品にどの新機能を追加するか、あるいは提供するサービスにどの新規ラインアップを加えるかといった重大な決定を下すために、合成(AI生成)データを利用するケースが増えているのを目の当たりにしてきた。たとえば、ドッグフードのブランドが、該当する属性の人々を調査する代わりに、米国の主要都市に住む20代半ばから30代半ばの犬の飼い主である回答者をシミュレートするようLLM(大規模言語モデル)に要求する、といったケースだ。
マーケティングリーダーたちがそうする主な理由として筆者が耳にしてきたのは、調査やオンラインパネルといった従来型の市場調査手法が、AI生成またはAI支援の回答によって汚染され得るという懸念である。
ここにパラドックスがある。
マーケティングリーダーが、合成環境で戦略的な問いに答えるAIを信頼するのであれば、従来型の市場調査手法で回答の生成や支援にAIが使われることを、なぜ信頼しないのだろうか。
合成データ採用を後押しする主な理由
AI・データソリューション企業のSASは2025年のレポートで、「幅広い業界セクターの組織で意思決定者を務めるマーケター」を対象に調査を行った。調査では、「中小・中堅企業から従業員1万人超の大企業まで、世界中の300組織」から回答を得た。その結果、回答者の18%がマーケティングにおける合成データに生成AIを現在活用しており、54%が将来活用する意向を示した。
筆者の見解では、マーケティングにおいて合成データの採用が推進されている背景には、いくつかの主な理由がある。
第1に、予算の圧迫だ。マーケティングリーダーやその他のステークホルダーが、予算が縮小するなかで、合成AIツールによる低コストな回答の可能性を期待するのであれば、合成データをより現実的なソリューションとみなすかもしれない。
さらに、より早く回答を得られるという魅力もある。従来の市場調査には数日、数週間、あるいは数カ月かかることがある。一方、合成データであれば、わずか1日でインサイトを得られる可能性がある。
「十分に高い」精度ももう1つの要因だ。95%の信頼区間を真に必要とする意思決定がどれほどあるだろうか。おそらく、ごくわずかだろう。一部のマーケターやステークホルダーにとって、特にスピードとコストが優先される特定の意思決定においては、方向性が合っている回答だけで十分な場合がある。合成データソリューションは、そうした大まかな方向性を示すインサイトを、より迅速かつ効率的に得る方法を提供できる。
最後に、一部の組織では、リーダーがAIの採用を推進しており、それを利益率の向上や競争力の強化につながる戦略的優先事項とみなしている場合がある。AIを使用していない部門は、時代遅れとみなされるリスクを負う可能性がある。
合成データのメリット
リーダーが戦略的に活用すれば、合成データは組織に価値をもたらすことができる。
たとえば、合成データはデータ削減のための効果的なツールになり得る。マーケターやステークホルダーが実地調査を行う前に、データを整理し、注力分野を絞り込むのに役立つ。
合成データはコンセプト生成も支援できる。たとえば、顧客ペルソナに紐づいたメッセージ案の下書きを作成したり、製品やサービスが異なるペルソナに対してどのような課題(ペインポイント)を解決し得るかを探ったりする際に活用できる。
さらに、合成データは製品やサービスのコンセプトの事前スクリーニングにも役立つ。たとえば、組織の過去の顧客データが合成データ生成の入力として使われている場合、マーケターは合成データを用いて、過去の顧客の嗜好と明らかに合致しない製品ラインの選択肢を除外できる。
合成データのデメリット
しかし、合成データには不利な点もある。リーダーが合成データに過度に依存すれば、その不利な点は方向性の誤りや財務上の悪影響につながりかねない。
合成データの主な欠点は、「ゴマすり(ユーザーへの迎合)」のリスクだ。ユーザーがLLMに繰り返しプロンプトを入力することで、AIがユーザーが望んでいると思われる回答を返すように誘導してしまう可能性がある。マーケターをはじめとするステークホルダーは、市場調査を行うなかで、本当に聞くべき回答ではなく、自分たちが「聞きたい」回答を受け取ることになりかねない。
合成データのもう1つの難点は、主なインプットが企業の過去のデータである場合、その性質上、後ろ向きになりがちなことだ。バックミラーに映る過去の景色をリーダーに示すことはできても、フロントガラスの向こうにある前方の景色(従来のアンケートやフォーカスグループなどの市場調査手法で得られるような未来の兆し)を示すことはできない。
合成データのための他のインプットにも、同様にデメリットがある。たとえば、AIが生成した前提条件は、所詮は「前提条件」にすぎない。
さらに、筆者が「ロボット掃除機の比喩」と呼ぶ問題もある。ロボット掃除機のように、合成データは状況認識や状況の変化を考慮することなく、最適化された経路をたどることがある。たとえば、スナック菓子メーカーのマーケティングチームに対して、顧客がポテトチップスのある成分を非常に高く評価する可能性が高いと伝えても、供給体制の混乱によりその成分の調達が困難になっているという現実を考慮することはできない。
企業が合成データに頼りすぎると、2つの重要な機会を逃すリスクがある。第1は、本物の顧客が実際に求めているものに合わせる機会だ。たとえば、合成データツールが10個の製品機能のリストから上位3つに絞り込み、マーケターがその上位3つを顧客に提示して、その中からお気に入りのものを選ばせるかもしれない。しかし、そもそも顧客がこれら3つの製品機能を上位3つに選んだと言い切れるだろうか。第2は、「大きなサプライズ」だ。実際の顧客から得られるインサイトは、新たな課題を明らかにし、ひいては真のイノベーションや競争戦略のシフトを促す。人々は、自らの本物の実体験に基づいた意見を共有できる。合成データには、本物の実体験が存在しないのだ。
リーダーが合成データと従来の市場調査手法のバランスを取る方法
リーダーは、合成データと従来の市場調査手法の使用のバランスを取るべきである。合成データはデータの削減、コンセプト生成、事前スクリーニングに活用できる。従来の市場調査については、予測のためのアンケートや、消費者が正確に自己報告しない可能性のある行動を捉えるためのエスノグラフィー(行動観察)調査など、独自のニーズに適した方法を用いることができる。
より広い視野に立てば、リーダーは「ヒューマン・イン・ザ・ループ(人間参加型)」アプローチではなく、「AI・イン・ザ・ループ(AI参加型)」アプローチを採用すべきである。人間の判断力や文脈、ニュアンスをAIの後回しにするのではなく、それらを重視すべきだ。リーダーとそのチームは、「『なぜ』を発見するには素晴らしい日だ」というマインドセットを持つ必要がある。なぜなら、最終的に「なぜ」を発見することこそが市場調査の目的だからだ。そして優れた市場調査は、有意義なインサイトを明らかにできる強固な方法論にかかっている。
パラドックスが存在する必要はない。リーダーは、合成データと従来の市場調査を「二者択一」として扱う必要はない。両者が共存する余地は十分にある。



