ジャクソン・ポロックから学ぶアートが企業で果たす役割
ティム:一例として、前述の我々の記事ではジャクソン・ポロックを取り上げています。彼は明らかに、ドリップ・ペインティング(絵の具を缶から垂らすことで描画する手法)において非常に感情的・身体的な立場から作品を描きました。だが後に科学者が彼の絵を分析したとき、彼がフラクタル模様(図形の一部を拡大しても全体と同じ形が現れる「自己相似性」を持つ構造。フランスの数学者ブノワ・マンデルブロ(Benoît Mandelbrot)が提唱した幾何学の概念で、雲、樹木の枝分かれ、海岸線、シダの葉など、自然界のあらゆる場所に存在している)を描いていたことに気づいたのです——科学者であり数学者である ブノワ・マンデルブロによってフラクタル理論が実際に確立される20年も前にです。彼の直観から、脳のどこかから、数学的概念の表現が立ち現れていた——科学者や数学者がまだ確立していなかった概念がです。
岩渕:彼の絵は見る者に不思議な安心感や癒しを与えます。そこにフラクタル理論が関係しているのでしょうね。確かにポロックが亡くなったのが1956年で、マンデルブロがこの幾何学模様の理論を発見したのは70年代ですね。彼は心理学的な「無意識」や「身体性」を重視していましたが、それは分析的なものではなく彼の内側から立ち上がってきたものだと思います。
ティム:絵画や音楽の歴史には、あるアイデアが表現されながら、それが本当は何だったのかを人々が理解するのはずっと後だった、という例が数多くあります。それこそが人間の創造性の究極の力なのです——文字どおり「新しい知を生み出す力」です。ポロックが科学的現象を予見したということは重要ではありません。興味深いのは、誰も事前に思い描くことも想像することもできなかった成果を、彼が偶然に生み出したという事実なのです。コンピューターには不可能な成果です。コンピューターはフラクタルを創るにはまずフラクタルを理解せねばなりませんが、知らないものは作れないのです。ここにこそアートや音楽の最大の力があります。
つまり、分析的思考では予測する術のないアイデアを露わにする力です。現在の AIでさえ根本的には分析的思考に基づいていることを考えれば————私は、ある種の知の最先端には、「人間という創り手」の役割が常に存在すると信じているのです。そしてそれはイノベーションにおいて非常に強力な力です。デザインはある程度明確になった課題をユーザーのために解決する非常にパワフルな手段ですが、アートによる創造性は、全く新しい事業やビジネスモデル、付加価値の創造に貢献できる、この点に私は近年強い関心を覚えているのです。
従って、私は企業がアートの創造性を、その業務やビジネスプロセスの中に埋め込み、AIの導入と並行して新しいモデルを作るべきだと考えるのです。これを大規模に行い、新しい付加価値の創造に投資し続ける企業こそが、次世代に勝ち残っていけると信じています。改めてもう少し詳しくお話したいと思いますが、これによって、企業の人材の教育の仕方、組織や評価のあり方、経営の意思決定の仕方まで大きく変わると考えています。今回の日本の訪問でも複数のCEOや経営層とこの点を会話し、強い手応えを感じています。
かつてないほど近づく経営とアートの関係
世界の経営リーダーと大きな付加価値創造をされてきたティムさんが、AIというインフラの高度化、共通化を前提にしたときに、人間の新しいものを生み出す力———それが意識的でも無意識であっても———と、身体性による新しい知の体系や価値の体系を作る力を心から信じていると感じました。産業革命でプロダクトが均一化、汎用化したように、現在はAIの進展で知的な仕事が汎用化の危機を迎えています。企業が新しい付加価値を生む組織に生まれ変わる「必然性」が、同じ人間の営みとしてアートの創造的活動とかつてないほど近づいているように思います。
次回は、この対話をより深め、次の時代に向けた日本のユニークな価値や可能性、経営者として考えるべき視点について、より深堀りしていきたいと思います。


