岩渕:日本企業はサービスや業務の複雑性が高く、社内システムの設計も古いためアメリカよりはAIの適用に苦労していますが、近い将来、特にホワイトカラーの業務はかなり自動化されていくと私も思います。
ティム:つまり企業は業務効率では競争できなくなります。競争力は創造性とイノベーションと、誰よりも顧客を深く理解し、より深い関係を築く力でしかなくなる。そのすべてが、ある種の人間の深い関与を必要とするようになります。それがどのような形を取るかは正確にはわからないですが、将来競争する企業は、より速くイノベーションを起こし、より速く変わり、新しい知を発見できなければならないと私は心から信じています。
岩渕:なるほど過去のインターネットインフラのようにAIが浸透すると、企業の差別化は人間とAIが協働しながら、イノベーションを起こす領域にいかに規模と質で投資していくか、ということになるのですね。確かに論考の中でもAIの自動化により生まれる人的資本の余力を「Dividend(配当)」として創造性の領域に投資することで複利の効果が生まれ企業の価値創造に大きな差がつく、という論旨でお話されています。そうすると差は指数関数的に開いていきますね。
ティム:そうです。そしてそれは人間がとても得意なもので、そうやって進化を続けてきたのではないですか?
歴史的に繰り返される「人間性への回帰」とアートの重要性
岩渕:たしかに我々は多くの技術変化を経験してきました。産業革命は18世紀後半に起こりましたが、当時、機械化の急速な進展で人間性は取り残され、その反動でウィリアム・モリスやバウハウスといった工業デザインに人間性を取り戻す運動もありましたね。コンピューターやインターネットの発展期にも、デザイン思考やインタラクションデザインなど繰り返し人間の側から反応し適応しようとする周期的なパターンが見られます。アートが単純に絵画や彫刻を意味するのではなく、人間にしかできない五感を使った高度な創造活動と定義すれば、よりこの議論がクリアになってきますね。
ティム:まさにそのとおりです。そして同時に、我々は技術について意思を持って正しい選択をしなければならない。とりわけ AIには、もし無思慮なやり方で技術を放任すれば、人間の創造する力や、何らかの制御・主体性を持つ力を破壊しかねないという明確なリスクがあるからです。ですので、著作権など法的保護を通じて人間の創造への寄与をどう守るか、AIシステムが人間の営みからどう学ぶかをどう規制し、人間がその学習から恩恵を得られるようにするか——これも考慮すべき重要なことです。
我々は技術について思慮深くあり、人間が人として栄える余地を残さねばならない。これは必ずしも自動的には起こらないと思うのです。だがその余地を残せば、技術だけからは生まれない新しいアイデアを推進し、探求する道を、人間の創造性は必ず見つけると、私はかなり確信しています。
私にとってアートが極めて重要なのはそのためです。アートは常に、人間が新しいアイデアを押し進め、表現する場であり続けた。時にそれはデザインと異なり実用的な目的を持たないのですが、ときに結果として実用的な目的を持つことになる。それまで理解していなかった世界の新しい見方へとつながるからです。
繰り返しになりますが、AIに関しては何が本当に可能になるのか、我々はその理解の途上にいます。ですが我々には、アートが——人間の直観という非常に強力な思考の仕方に触れ、それにアクセスするアートが——どれだけ分析を重ねても決して生み出せない成果を生み出す可能性がある、という証拠があります。
岩渕:AIを主語に考えると、残った人間に何ができるのか?という論調になりますが、人間が行うアートという営みの側からのレンズで見ると、より本質的な議論になりますね。


