ビジネスにおいて生産性ほど自信満々に語られながら実際にはうまく測定されていない概念はそうないだろう。
誰もが生産性をもっと高めたいと思っている。企業は生産性を高めるためにソフトウェアを購入し、オフィスのレイアウトを変更する。また、生産性を守るための方針を導入し、マネジャーにその状況を監視するよう求めている。従業員は生産性を引き出すとうたう本を読んでいる。
しかしそうした取り組みの根底にある前提の多くは驚くほど疑わしい。
問題の一因は、仕事が目に見える成果を生み出していた頃は生産性を理解しやすかったという点にある。ある工場が500個の部品を生産し、別の工場が同じリソースを使って600個を生産した場合、生産性を比較するのは比較的簡単だった。
知識労働は違う。
送るメールの数が一番多い従業員が必ずしも最も貢献しているわけではない。出席する会議の数が最多のマネジャーは仕事を終わらせるどころか、仕事を増やしている可能性がある。物事を素早く片付ける人は間違った問題を解決しているのかもしれない。
それにもかかわらず、以前の働き方のモデルから受け継がれたいくつかの考え方が依然として組織の人事管理の在り方を形成している。
誤解1:労働時間が長いほど成果は上がる
これは生産性に関する思い込みの中でも最も根強いものかもしれない。
10時間働く人は8時間働く人よりも確実に多くの成果を出しているはずだ。
実際、そうなる場合もある。締め切りのために長時間労働を余儀なくされることもあり、当然ながら時間をかければそれだけ成果も増える。
だが無限にそうなるというわけではない。
労働時間に関する研究では、働く時間が過度に長くなったときの生産性が繰り返し問題視されてきた。疲労が増し、集中力が低下し、ミスが起こりやすくなる。ある時点を超えると、追加の1時間が生み出す価値はそれ以前の1時間よりも大幅に小さくなる。
また、後になって表れるコストもある。今夜遅くまで働いた従業員は今日は少し多くの成果を出せても、明日には効率が落ちているかもしれない。
それでも職場文化では実際の成果よりも目に見える努力の方が評価されがちだ。
午後10時になっても作業している従業員は献身的に見える。午後5時に退社する人は求められた成果をすべて出していたとしてもそれほど熱心ではないように見られることがある。
労働時間が好まれるのは測定しやすいからだ。
しかし測定しやすいからといってそれが意味のある指標だとは限らない。



