誤解2:忙しい人ほど生産的
「仕事はどう?」と聞かれたとき、社会的に最も受け入れられやすい答えの1つが「忙しい」だ。
忙しさは奇妙な形の職業的ステータスになっている。予定で埋め尽くされた
スケジュールはその人が重要な人物であるように思わせる。あふれ返る受信トレイは引っ張りだこであることを示しているように見える。会議から会議へと慌ただしく移動することは物事が進んでいる印象を与える。
だが活動と生産性は別物だ。
そもそも存在する必要のなかった業務に効率的に対応するだけで丸一日を費やすこともできる。
これはマネジャーにとって特に危険だ。なぜなら、管理業務は他の全員の仕事を増やすことがあるからだ。進捗状況を求めるのには数秒しかかからないが、それに対応するために複数の従業員がプレゼン資料を作らなければならないかもしれない。10人の予定表に入れられた会議では1人ではなく10人の時間が費やされる。
リーダーが取れる最も生産的な行動は、時として「何もしない」という決断を下すことだ。
会議を中止する。報告義務をなくす。誰も読まない文書を作成するのをやめる。話し合うための委員会を新たに作るのではなく、決断を下す。
生産性とは単に物事を効率よく行うことではない。
どの仕事が本当に行う価値があるのかを選別することだ。
誤解3:集中できないのは個人の責任
従業員が集中するのに苦労しているとき、よくあるアドバイスは個人向けのものだ。
通知をオフにする。予定表で時間を確保する。携帯電話を遠ざける。もっと良い習慣を身につける。
いずれも理にかなっている。
しかしそれによって組織的な問題が見えなくなることがある。
多くの職場は中断を前提として設計されている。従業員は会議に出席し、認知的負荷の高い仕事をこなしながらメールやメッセージ、プロジェクト管理システムを確認することを求められる。迅速な返信は注意深さの証拠として扱われる。予定表は細かく分割されている。
中断やタスクの切り替えに関する研究では、注意を切り替えることには認知的なコストが伴うことが示されている。たとえ中断が短時間であっても、元のタスクに完全に集中し直すには時間がかかることがある。
それにもかかわらず、企業は中断が頻発する環境をつくりながら、その中で集中力を高めるよう従業員に求めている。
ある時点で生産性は自己管理の問題ではなく仕組みづくりの問題になる。
リーダーは従業員が自分の注意力をうまく管理しているかどうかだけでなく、組織がどれくらい頻繁に従業員に注意を割くことを求めているのかについても問うべきだ。


