第3の選択肢 カスピ海
欧州にとって、最も手近な選択肢はカスピ海地域だ。ジョージアとトルコを経由する「南ガス回廊」は、既にアゼルバイジャン産天然ガスを欧州に供給している。同回廊は、アゼルバイジャンが位置する南カフカス地方とトルコを結ぶ「アナトリア横断パイプライン(TANAP)」と、ギリシャ、アルバニア、イタリアに至る「アドリア横断パイプライン(TAP)」で構成されており、TAPからはブルガリアやモンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナへと伸びる支線も設けられている。サハラ縦断パイプライン計画とは異なり、南ガス回廊はすでに稼働している。また、カタール産LNGとは異なり、中東の海上輸送の要衝であるホルムズ海峡の情勢に左右されることもない。
欧州委員会は2022年、アゼルバイジャンとの間で、2027年までに南ガス回廊経由の天然ガス供給量を年間約100億立方メートルから倍増させる内容の覚書を交わした。だが、2026年初頭時点の供給量は約115億立方メートルにとどまっており、目標には程遠い状況だ。障害となっているのは上流部門だ。EUが必要な投資を実行しなかったため、アゼルバイジャンからトルコに至る「南カフカスパイプライン」とTANAPは、技術的限界に近い状態で稼働している。
専門家らは、比較的単純な解決策を提示している。それは、推定約4億ドル(約620億円)の費用で8基の圧縮ステーションを追加し、輸送能力を引き上げるという案だ。ガスパイプライン計画としては、これは微々たる金額だ。資金さえ確保できれば、建設期間は12〜18カ月程度となる見通しだ。
ここで、欧州のエネルギー政策は、戦略的な計画というよりは、むしろ複雑怪奇な茶番劇のように見えてくる。ロシアの侵攻以来、欧州はLNG施設に4億ドルを優に超える資金を投じてきた一方で、供給量を倍増させるために自ら合意していた既存のパイプラインの拡張計画には比較的少額な投資さえ実行せず、供給能力が制限されたまま放置しているからだ。
EUとアゼルバイジャンが一時的に対立したことで、本来なら欧州の戦略的支柱となるべき取り組みに水を差すこととなった。長年の宿敵だったアゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領と隣国アルメニアのニコル・パシニャン首相は、はるかに大きな障害を乗り越え、米ホワイトハウスで和平協定に署名した。この協定は、両国が位置する南カフカス地方への米国の投資を促すことにもなった。
これとは対照的に、アルメニアの首都エレバンで開かれた首脳会議で、欧州の無策ぶりに不満を露わにしたアゼルバイジャンのアリエフ大統領に対し、欧州議会のロベルタ・メツォラ議長が示した外交的配慮に欠ける対応は、欧州の外交とエネルギー政策への信頼を損なうものだった。


