なかでも12年過ごした前半は、ミシュラン二つ星から三つ星をとるぞという最もエネルギッシュでギラギラと燃え滾っていた時期。しかも、その後独立して自ら星をとるシェフ達が多く修業に入っているタイミングでもあった。
龍吟総料理長の小澤武夫氏、スペイン料理「スリオラ」の本多誠一氏、香港のフレンチ「Tavie」の佐藤秀明氏、日本料理「炎水」の伊藤龍亮氏、中国料理「茶禅華」の川田智也氏……「彼らと一緒に過ごせたのは、本当に奇跡のような貴重な時間だったとしか言いようがありません」と、坂本氏は当時を思い出すように頷いた。
ところが、龍吟を卒業時はコロナの真っ最中。緊急事態宣言が発表され、出店どころではなかった。それでも21年1月、二度目の緊急事態宣言下に必死の思いでオープンした。宣伝は一切せず、OMAKASEに予約システムを依頼しただけだったという。
「お客様がいらっしゃらない日も沢山ありましたし、今日は一組、明日は二組みたいな状況でよく続いたと自分でも感心します。怖いもの知らずだったんですね」。しかし翌年のミシュランで一つ星を獲得。店をやっていくうえでの大いなる自信になった。
料理をつくるうえでは、温度帯と香りと食感を一番大切にしている。
「熱いものは熱く、冷たいものは冷たいうちにというあたりまえのこと徹底するのは実はとても難しい。チームの力がとても大切になってきます。香りや温度帯は口に入る前の要素で、その後の味わう体験につなげるにはとても重要です。それもあって、お客さまとの距離が近いカウンタースタイルを選びました。美味しい一瞬を切り取って見てもらいたいからです」と坂本氏。
食材は、生産者の顔を見になるべく産地に足を運ぶようにしている。そのほうがお互いの信頼関係が深まり、同じ素材を扱うにも愛情と敬意を持てるようになるからだ。しかし、どんなに良いものをそろえても技術が伴わなければ、ピンの料理にはならないと思っている。その技術を身につけるには1日のほとんどの時間を修業にあてることも必要だという。

今では考えられないが、実際にそのような日々を過ごしてきた。「例えば鱧。とても好きな魚ですが、当時、1日10本はおろしてきました。夏の訪れを告げるシャッシャッシャッという心地よい骨切りの音もそうやって身についていくものなのです」。


