日本の観光は、もっと本物を信じていい
日本の観光における「高付加価値化」は、宿の客室単価を上げ、豪華な設備を整えることではない。本物にかなうものはない。その土地の文化、自然、歴史、技、人の営みこそが、世界に二つとない価値になる。特に欧米の富裕層が関心を寄せているのは、目に見える文化でなく、その背景にある精神性である。それを体験として伝える。押し付けず、旅人の感性へ静かに届くようにエンジニアリングすることが必要だ。
ソフト面の底上げとは、語学力の強化ではない。必要なのは、相手の意図を汲み取り、先回りして考えるコミュニケーション力と配慮。日本のおもてなしは本来そこを得意としてきた。例えば、今回選ばれた「帝国ホテル 京都」は、その姿勢がアメニティにも表れ、滞在全体が考え抜かれていた。ある客室からは、祇園を行き交う芸舞妓の姿が簾越しにほのかに見え、まるでこの街に暮らしているかのように感じた。
人は誰でも、本物に触れ、知らなかった世界の扉が開く瞬間などに心を動かされる。高付加価値化とは、本物を飾ることではない。土地の日常と客人との間に美しい距離を保つ。日本文化の見せ方には、この節度と余白が必要だ。
工芸のまちにある、効率では測れない価値
日本各地で増える工芸を核とした体験コンテンツは、「どこへ行くか」から「何に出会うか」を求める旅への変化を映している。工芸の魅力は、完成した製品だけにあるのではない。気候、地質、素材、歴史、人の営みが、長い時間をかけて技術として蓄積され、その土地にしか生まれない知恵となっている。工房を訪れ、職人と対話し、その背景に触れる体験は、作品を鑑賞する以上にその土地そのものを理解する行為となる。
私は「Craft x Tech」の活動を通じて海外のデザイナーやアーティストを日本各地へ案内してきたが、彼らが最も感動するのは、素材や技術が風土や生活と切り離せない関係にあることだ。そこには効率だけでは測れない価値があり、世界が日本に期待している創造性の源泉でもある。
これからの地域づくりに必要なのは、工芸を保存すべき文化財として扱うことではない。現代のデザインや技術、食、建築、宿泊などと結び付け、新しい価値を生み出す創造的な基盤として育てることだ。
人は物を買うためではなく、その土地にしか存在しない知性に会うために旅をする。そのような旅の目的地が、日本には数多く眠っている。


