リーダーシップ

2026.09.08 09:01

なぜリーダーシップは「行動」ではなく「意識」から始まるのか

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現代のリーダーシップ文化は「動き」を崇拝している。予定表は埋まり、画面は点滅し、危機が次々と押し寄せる。そしてエグゼクティブは迅速に対応することで評価される。たとえそのスピードのせいで判断力が狭まり、想像力が枯渇し、周囲の人々が次の要求に身構えることになろうとも、だ。メッテ・ノーガードは、このような環境に最も適したリーダーとは、最も速く動く人ではなく、プレッシャーが高まるなかでもその場に完全に存在し続けられる人であると考えている。

ノーガードは、組織リーダーシップの博士号とMBAを持つリーダーシップ・コンサルタントであり、エグゼクティブコーチである。これまで数十年にわたり、Microsoft、Campbell Soup Company、Pandoraなどの組織で経営幹部と仕事をしてきた。新著『Leading with Aliveness(「生き生きとした躍動感」を持って導く)』では、リーダーシップの実効性は技術や能力(コンピテンシー)のさらに深いところ、つまり武装することなく現実に向き合うリーダーの受容力(キャパシティ)から始まると論じている。「アライブネス(生き生きとした躍動感)によって、私たちは現状を自分の望む姿ではなく、ありのままの瞬間として受け入れることができる」と彼女は語る。

いま多くのリーダーは、長引く反応的な状態のなかで仕事をしている。地政学的な不安定さ、制御不能に進むテクノロジー、希薄化する人間関係が、常に衝撃に備える態勢を生み出している。その代償は単なるストレスにとどまらない。反応的であることは、リーダーシップに求められる能力を弱める。

「反応的になっているとき、人はリードできない」とノーガードは言う。反応的な身体はこわばり、視野は狭まり、エネルギーは自己防衛へと向かう。だが彼女の定義では、リーダーシップとは「動き」である。人々を、いまいる場所から、行くべき場所へと導くことだ。「身構えたり、武装したりしていては、動くことはできない」

したがって、リーダーシップにおける最初の規律は「加速」ではない。それは「中断」であり、身体の反射的なパターンが行動を支配してしまう前に、それを捉えて立ち止まる能力なのだ。

意図の前に、まず意識(注意)

ノーガードは、リーダーが深く意識すべき2つの言葉として「アテンション(意識・注意)」と「インテンション(意図)」を挙げる。その順番が極めて重要だ。「自分のアテンションを向ける先を制御できなければ、インテンションを形成することはできない。そしてインテンションがなければ、導くことはできない」

現代の職場は、単に気が散るというレベルを超えている。通知や画面の切り替えは、他者を導くのに十分な一貫性のある判断を下すリーダーの能力を減退させる。ノーガードはこれを、意志力の失敗というよりも、戦略の失敗であると捉えている。

彼女は有名なマシュマロ実験を引き合いに出す。満足を先延ばしにできた子どもたちは、必ずしも誘惑を見つめながら英雄的に抵抗していたわけではなかった。彼らは注意を別の方向へ移していた。目をそらし、歌を歌い、あるいは心を占める別の何かを見つけていた。リーダーへの教訓は実践的である。注意は鍛えられる。ただし、意図的に動かさなければならない。

アテンションを取り戻して初めて、リーダーはインテンションをより深く吟味できるようになる。ノーガードは、重大な決断を下す際、頭(head)、心(heart)、腹(belly)の3つの中心を通して検証することを推奨している。頭は「その選択が合理的か」を問い、心は「それが正しいか」を問い、腹は「リーダーにそれを成し遂げる勇気と意志があるか」を問う。

「これらが一致したとき、私たちは強力になる」と彼女は言う。なぜなら、その結果はもはや単なる認知上の好みに留まらないからだ。「それは身体化されたインテンション(確固たる意図)となる」

このプロセスは、エグゼクティブの頭脳が望むスピードよりも遅い。ノーガードは、難しい決断は一晩置いて、ためらいや違和感が表面化する時間を与えるよう勧めている。リーダーは、機会のデータや将来性に魅了されるあまり、信頼関係や組織文化への適合性について、これまでの経験が示している違和感を見落としてしまうことがある。

キャパシティ(受容力)はコンピテンシー(能力)を超える

組織はコンピテンシー(能力)を好む。測定や評価が容易で、人事評価制度に組み込みやすいからだ。一方でキャパシティ(受容力)は、そう簡単にはいかない。それは、計画が頓挫し、プレッシャーが重なり、明確な答えが見えないときに、リーダーがどう機能するかに関わるものだからだ。

ノーガードにとって、リーダーシップ開発とは、人々が「困難にうまく対処(handle hard better)」できるよう支援することである。これは座学だけで達成できるものではない。将来有望なリーダーには、現実のプレッシャーの下で限界に挑むような任務を与えると同時に、単に生き残るだけでなく学習を促すための十分なサポートが必要だ。

多くの組織が、仕事の「強度」と「開発」を混同している。次世代リーダー候補たちは過酷な状況に追い込まれ、試行錯誤や内省のための余地がほとんど残されていない。しかし、ノーガードは、学習には「余地」が必要だと主張する。

同じ原則は変革にも当てはまる。エグゼクティブはしばしば、危機感、コミュニケーション、プレッシャーを強める一方で、部下のためらいを「抵抗」として片付けてしまう。ノーガードはその見立てを否定する。

「もし土木技師が、水は上流に向かって流れるはずだという前提でダムを建設し、そのダムが機能しなかったときに『水が変化に抵抗している』と言ったら、私たちは水を責めるだろうか」と彼女は問いかける。「それは、人間的ではない方法で変革を設計しているということだ」

人々は、変革によって損なわれる可能性のある人間関係やアイデンティティ、あるいはこれまでの能力を守ろうとしているのかもしれない。これらは不合理な障害ではなく、理解すべき抑制力なのだ。また、経営陣は他者が行動をどう変えるべきかにばかり焦点を当て、自分たちの行動を見落としがちだ。ノーガードの問いは直球だ。「彼らに何かを変えてほしいなら、まずあなたは何を変えなければならないのか」

自己をコントロールできるリーダーの効率性

ノーガードの言う「生理学的インテリジェンス(生理学的知性)」とは、身体の強張りに気づき、それが深刻な事態(ドラマ)に発展する前にそのエスカレーションを「中断」する能力のことだ。遅刻した社員を「いつも遅刻する」と見なし、無作法を無礼と捉える。リーダーはわずか数秒のうちに、客観的な事実(観察)ではなく、頭の中で作り上げた「ストーリー」に基づいて行動してしまう。

その代替案となるのは、受け身になることではない。「安定」だ。

赤信号を待つ間、エレベーターの中、スーパーのレジ待ちといった日常の何気ない瞬間に、ノーガードは簡単な「センタリング(軸を整える)」の習慣を実践している。息を吸い、背筋を伸ばし、ゆっくりと息を吐きながら体の前面を緩める。緊迫感のない状況でこれを繰り返すことで、重大な局面でもこの対処法を引き出せるようになる。

彼女は、優れた水泳選手のイメージを用いてそのゴールを表現する。「無駄な努力がなく、美しく効率的で、自らの技術を熟知し、困難をよりうまく処理するための内面的なキャパシティを備えている状態だ」

このような生理学的な気づきは、リーダーが「刀に向かって歩む」心の準備にもなる。これは、迫り来る脅威に飲み込まれることなく、困難な対話に臨むことを表すノーガードの比喩だ。

このイメージは、振り下ろされる木刀に向かって歩む合気道の稽古に由来している。成功の秘訣は、武器を凝視したいという衝動に抗うことだ。体をセンタリングし、視線を和らげ、左右に広がる開かれた空間を認識する。

これをリーダーシップに応用するというのは、対立の中に無謀に突進することではない。目の前にある脅威に自分のアテンション(意識)を支配されるのをやめることだ。困難な対話に臨むリーダーは、好奇心を持ち続け、まずは相手を理解しようと努め、対立だけが唯一の解決策ではないと認識することができる。

「プレゼンス」がリーダーの視野を変える

2008年の金融危機の際、Campbell Soup CompanyのCEOだったダグラス・コナントは、社内施設を毎日1万歩歩き回るようになった。多くのエグゼクティブが閉ざされた扉の奥に姿を消すなか、彼はあえて社員の目に触れるようにした。社員たちは当初、監視されているのではないかと不審に思ったが、やがて彼が「様子を気にかけてくれている」のだと理解した。

ダッシュボードを使えば士気の数値を把握することはできる。しかし、現場を歩くことで、コナントは社員の不安を感じ取り、話を聞き、疑問が思い込みに変わる前に対処することができた。「社員が最もリーダーの姿を必要としているときに、エグゼクティブは引きこもりがちだ」とノーガードは言う。その結果、社員は閉ざされた扉の向こうで何が起きているのか、自分たちで都合の良い説明を作り出すことになる。

そうした憶測が安心をもたらすことはめったにない。不確実な状況下でエグゼクティブが引きこもると、社員は不安から生じたストーリーで情報の空白を埋めてしまう。リーダーがその場に存在することは、危機を消し去ることはできないが、危機への対処をより困難にする憶測や心理的な距離を縮めることはできる。

「プレゼンス」は日常のマネジメントをも変える。あるMicrosoftのリーダーは、1対1の面談(1on1)の約束を必ず守り、議題は部下に決めさせ、部下の成長支援に集中することで、効果的な面談を実施した。自分たちのために時間を割いてくれると知った部下たちは、すべての疑問を即座に持ち込むのをやめ、同僚と協力したり自らの知恵を絞ったりして答えを見つけるようになった。そのリーダーが必ずしも不可欠な存在ではなくなったことで、チームの能力は逆に向上した。

これこそ、リーダーシップにおける「アライブネス(生き生きとした躍動感)」の核心的なパラドックスだ。リーダーがその場に完全に存在すればするほど、すべてがリーダーを中心に回る必要はなくなる。

ノーガードは、エグゼクティブが他者を直接モチベートしたり、権限移譲(エンパワー)したりできるとは考えていない。彼らにできるのは、人々が自らそれを行うための環境を整えることだ。すなわち、明確な意図、適切なリソース、有意義な境界線、そして信頼関係である。

また、そこには「道徳的なプレゼンス」も必要となる。ノーガードはあるサプライチェーン担当エグゼクティブの事例を紹介した。彼は、従業員の死亡事故について事務的な細部を争うことで、会社側の7桁ドルの支払いを回避することもできた。法務部門や財務部門は支払いに反対した。しかし、そのエグゼクティブは小さなコミュニティという人間的な現実に目を向け、工場のマネジャーがこれから何年もの間、教会でその遺族と顔を合わせ続けなければならない状況を考慮した。

「支払う」と、彼は決断した。

この決断は、財務的に正当化できる「分析」と、人間的に責任ある「判断」の違いを示している。そのエグゼクティブは経済的な影響を無視したわけではない。彼は、人間関係、評判、そして道徳的説明責任というより広い視野の中にその影響を位置づけたのだ。

ノーガードはその基準をシンプルにまとめている。「その瞬間のリーダーとは、リーダーらしく行動する人のことだ。問題に対しては厳格(タフマインド)であり、人に対しては温厚(テンダーハート)であること」

未来がリーダーに求める要求が減ることはない。むしろ、より多くを求めるようになるだろう。曖昧さのなかでのさらなる判断力、変動のなかでのさらなる勇気、そして常に人々の意識を分散させるシステムのなかでのさらなる人間性だ。その答えは、プレッシャーに対して鈍感になることではない。プレッシャーのなかでも目覚めた状態でいられるキャパシティ(受容力)を築くことなのだ。

リーダーは、自分たちが引き継ぐ環境をコントロールすることはできないかもしれない。しかし、その環境によって自分が反応的になり、散漫になり、身構えてしまうのか、それとも、よりその場に存在し、より洞察力を高め、他者が前進するのをより支援できるようになるのかは、自分自身でコントロールできる。たえざる「動き」をリーダーシップと見誤るこの時代において、アライブネス(生き生きとした躍動感)こそが、意味のある前進を可能にする規律となるかもしれない。

(forbes.com 原文)

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