ティモシー・リアリーに初めて会ったのは、米カリフォルニア州ロサンゼルス市ノースハリウッドにある、彼の自宅だった。午後の光が差し込む静かな部屋で、目の不自由な犬がゆっくりとこちらに歩いてきた。名前はボー。リアリーが呼ぶと、のそのそと足元に寄ってくる。彼はその頭を撫でながら、少年のように笑った。
LSDの教祖、意識革命の扇動者、国家に追われた危険人物。そんな肩書きとは裏腹に、目の前にいたのは穏やかな一人の老人だった。ある日、大手スーパーマーケットでは定番の白ワイン「イングルヌック」の大瓶とメンソールのタバコを買ってきてくれ、と電話がかかってきた。僕は当時暮らしていたランチョパロスベルデスから車を飛ばして会いに行く。
「おお、ありがとう。元気だったか? ちょっと腰が痛くて出られないんだよ」。世間話のあと、ふっと空気が変わる。彼の関心はいつも一つだった。
「人はどうすれば、ほんとうに自分の眠っている脳を呼び起こせるのか?」
米ハーバード大学の心理学者として安定した地位を持ちながら、彼は研究室を飛び出し、自らの意識を実験台にした。理論ではなく体験で、人間の可能性を確かめようとしたのだ。
「Turn on, tune in, drop out.」
「スイッチを入れ、波長を合わせ、脱落しろ」という意味だが、後年の本人による解説では「目を覚まし、ドラッグで覚醒しろ」「調子を上げろ、高次に調和し、のめり込め」「辞めろ・中退しろ、社会から距離を置け、自立して選択しろ」という意味も込められている。
それは社会から逃げろという意味ではない。既成の価値観から離れ、自分自身の感覚で世界を見ろ、という呼びかけだった。彼の家にはとんでもないゲストが日替わりで現れる。画家のキース・ヘリングが遊びに来て、宿泊代代わりに机に絵を描いて帰って行ったこともあるらしい。
ジョン・レノンの息子、ショーン・レノンも度々訪れていた。“証拠”はたくさんあり、白い冷蔵庫に多くのユニークな記念写真が貼られていた。ファッションメーカーの「GAP」のCMにも出たり、やんちゃなこともしたりしていた。



