1987年の秋、未来学者ポール・サフォーに案内され、スタンフォード大学工学部にあるダグラス・エンゲルバートの研究室を訪ねた。あれから長い時間が過ぎ、いま本格的なAI(人工知能)時代を迎えている。AIに仕事を奪われる人が出てきた。彼らはAIの急激な進化という抗えない荒波にさらされ、それぞれの意思とは関係なく、その人生を大きく変えられることが起こる。
だからこそ、あの時出会ったダグラスという存在が、年々私の中で大きくなっている。最初に見せてくれたのは、お決まりの木製マウス(次ページ写真)だった。角ばった小箱にコードが伸びている。今の洗練された道具とは違い、工作室の発明品のようだ。画面上の矢印のポインターを自由に動かし、マルチタスクの操作をする。
今では当たり前だが、確かにこれは便利で使いやすい。マウスとは教え子が「ネズミみたいだ」と言ったのが名前の由来らしい。「特許? いろいろあって取り忘れたんだよ」と本人は笑う。世界を変えた発明家とは思えない、どこかマイペースで飄々とした人だ。



