Forbes JAPANが全国5都市で開催する特別セミナー「経済安全保障時代における事業承継と技術保全」。名古屋・大阪に続く8月27日の東京開催では、シャープ元社長でKconcept 代表取締役社長の片山幹雄を迎え、Forbes JAPAN編集長・藤吉雅春との対談を行った。その模様をお届けする。
かつて世界の液晶市場を席巻した日本。その最前線で海外勢と熾烈な攻防を繰り広げてきたのが、シャープ元社長の片山幹雄だ。Forbes JAPAN主催セミナー「経済安全保障時代における事業承継と技術保全」では、片山が自ら経験した情報戦の実像と、日本企業が直面する構造的な課題に、Forbes JAPAN編集長の藤吉雅春が迫った。
情報や人の管理が甘い日本企業
藤吉雅春(以下、藤吉):片山さんは1990年代から2000年代にかけて、液晶を中心に世界的な競争の最前線にいらっしゃいました。まずは世界と戦ったご経験から見えた景色について聞かせていただけますか。
片山幹雄(以下、片山):液晶というのは単体で製品になるわけではありません。テレビになったり、パソコンになったり、スマートフォンになったりする、いわば主要部品です。当時、日本企業は液晶で先頭を走っていましたから、世界の家電やIT製品の開発に中心的に関わっていました。
しかし、現在その分野に日本メーカーはほとんど生き残っていません。アメリカ企業の場合、コンパックやノキアのように消滅する会社や撤退する事業があっても、人材とお金が非常にスピーディーに流動し、次の成長企業へとつながっていきます。一方で日本は、人もお金も流動せず連鎖が途切れてしまった。結果として、日本は劣勢になってしまったのだと考えています。
藤吉:技術で先陣を切りながらビジネスで負けてしまう背景には、どのような問題があったのでしょうか。
片山:日本は情報や人の管理が甘い。私は1995年頃、液晶の最先端プロセスを開発して、数百億円の設備投資をしてほしいという資料を20枚ほどまとめました。ところが、それから1カ月ほどして、ある装置メーカーの方から「片山さん、すごい書類が韓国で出回っていますよ」と言われたんです。見せてもらったら、私が書いた資料が完全に韓国語に翻訳されている。どういう経路で流出したのかは分かりません。ただ、社内の誰かが漏らしたことは間違いないでしょう。
藤吉:日本も最近は情報管理が厳しくなったと思いますが、それでもまだ甘いのでしょうか。
片山:私が知っている限りでは、まだ甘いと思います。海外で企業を訪問すると、パソコンやスマートフォンを全部取り上げられることがあります。会社によってはパスポートまで預ける。私がアメリカのビッグテックと取引していたとき、彼らは元CIAやFBIの人材を採用して自社の情報を徹底的に防衛していました。自分たちの情報を守るためには、それくらい徹底する。グローバルスタンダードは違うわけです。
藤吉:情報が取られてしまうという情報戦争のようなものが、ビジネスの世界では当たり前にあるということですね。
片山:その通りです。昔も今も、企業同士は生き残りをかけた戦いをしています。負けた会社はなくなるわけですから。本気で戦うか、戦争のないところで仕事ができる道を選ぶかのどちらかだと思います。
藤吉:勝つための戦いではなく、勝てる戦いを選ぶということですね。
片山:そうです。例えば、韓国企業との競争では為替の影響もありました。韓国はウォンという流動性の低い通貨を使っている。一方、日本は円というグローバル通貨に近いものを使っている。そもそも置かれているルールが違います。その企業にはグループ内に生命保険会社があり、長期的なお金を集めて短期的な投資に使える仕組みがありました。いくら技術があっても、そんな相手には勝てません。
藤吉:日本企業の課題は、市場の選択だけではありません。片山さんは以前、日本企業にはいくつもの罠があるとおっしゃっていました。
片山:ええ。まず1つ目は、スケールの罠です。シャープは、私が社長の時代に3兆円を超える企業になりました。液晶事業だけで1兆円を超えましたが、その事業を任されている責任者が「1兆円の会社」を経営しているような仕組みにはなっていませんでした。人事や経理、財務など、本来その規模に合わせて必要な機能が、本社に乗っかったままでした。
藤吉:管理体制が事業規模の拡大に追いついていなかったわけですね。
片山:2つ目は、人材の罠です。日本は人の流動性が低いから、自分たちで人を育てることにこだわりすぎる。新卒を一斉に採用して、自社で教育することをこれほど重視している国は珍しいです。海外では、あるビジネスをやるのであれば、それに適したキャリアをもった人を採用するのが普通です。
藤吉:「自分たちで育てなければいけない」というのが、ある種の神話になっていますね。
片山:3つ目は、成功体験の罠です。日本は品質がいいことが正しいと思い込んでいる。それ自体は悪いことではありません。でも、ビジネスでは品質だけではなく、QCD(クオリティ、コスト、デリバリー)を考えなければいけない。ところが日本企業はクオリティとコストばかり気にし、デリバリーを忘れています。どれだけ品質がよくても、商品を届けられなければ商機を失います。
4つ目がKPIの罠ですが、重要なのは、そのKPIを誰が決めたかです。昔に決めたKPIを何年もそのまま使っている会社があります。なんとなく表があるから、その数字を達成したかどうかを見る。それでは意味がありません。KPIは、経営環境に合わせて変えるものです。
藤吉:QCD(品質・コスト・納期・供給の速さ)の話でいうと、サプライチェーンがいびつだということですね。
片山:そうです。技術開発、マーケティング、調達、ものづくり、営業、販売、サービス、そしてお金の回収まで、企業には一本のサプライチェーンがあります。私はこれを水道管に例えています。問題は、その水道管のどこかが細くなっていて詰まりがある場合です。相手はそこを分析して、突いてきます。パイプを太くし、かつ長さを短縮して投資回収のスピードを上げることが重要です。
藤吉:営業ばかり強くてもよくないですし、勝つためにはバランスが必要だということですね。
片山:先ほどのKPIではないですが、会社の中身を数値化することが重要です。最近ではAIの技術が相当進んでいるので、そういった分析はやりやすいはずです。
経営は感情論ではできない
藤吉:AIについて言えば、これからのAI時代において、経営者は自社をどのように位置づけ、どう舵取りすべきでしょうか。
片山:重要なのは、競争相手がAIであると認識することです。日本企業はまだ呑気なところがありますが、私が知っている海外企業では、経営判断にもAIを使っていますし、オペレーションにも組み込まれています。技術者だけではなく、営業などの一般社員もAIを使う。これまで1カ月かかっていた仕事を、競合は1週間、あるいは1日でやってくるかもしれません。だから、「あの会社が競争相手だ」と思っていたらダメなんです。その後ろにはAIがいる。そのくらいの気持ちでいないと、足元をすくわれます。
藤吉:一方で、AI時代になっても、結局は「人」が重要だという考え方もあります。
片山:同感です。AIがどれだけ進化しても、人間社会はまだしばらく続くでしょう。ヒト、モノ、カネとよく言いますが、やっぱり大事なのは人だと思っています。AIそのものが優秀かどうかだけではなく、AIを使える人間かどうかが重要です。
藤吉:人という観点では、片山さんが以前語っていた「人の器」という考え方も非常に興味深いです。
片山:大きな会社になったからといって、その会社を任せられる人が自然に育つわけではありません。1兆円の事業をマネジメントできる人なんて、そうはいません。でも、100億円ならできる人はたくさんいます。だったら、その人には100億円の事業を任せる。そこで300億円、500億円と大きくなっていったら、その規模をマネジメントできる人材に入れ替えていく。これが「人の器」に合わせた経営です。そのためには、社外から人を入れることも必要です。アップルなどの世界企業は、さまざまな会社から人を採用しています。自分の器の限界を素直に認められる経営者は強いです。
藤吉:最後に、次世代の経営者やリーダーたちへメッセージをお願いします。
片山:世界でビジネスをするのであれば、世界のルールから逃れることはできません。トランプ大統領や習近平国家主席の考え方に対して、いろいろな感情はあるでしょう。でも、経営は感情論ではできません。経営者がやらなければいけないのは、グローバルスタンダードに合わせて経営することです。そして、本当に無理だと思ったら、別の道を選べばいい。京都には、何百年も続いている老舗があります。売り上げを毎年伸ばすことが目的ではなく、長く続けることが目的。そういう生き方もあります。
藤吉:ローカルで生きるのか、グローバルで生きるのかですね。
片山:ただ、ある一定以上の規模になったら、やっぱりグローバルで勝てる戦いをしてほしい。人を確保する。人の器を見る。水道管のどこが詰まっているのか分析する。競争相手を分析する。そして、勝てる場所が見つかったら、一気にやる。時代が変わっても、結局やることは同じです。
かたやま・みきお◎Kconcept 代表取締役社長/シャープ元社長。東京大学工学部卒業後、シャープに入社。液晶事業を牽引し、2007年に同社代表取締役社長に就任。12年に会長を経て、14年より日本電産(現・ニデック)にて副会長・最高技術責任者(CTO)を歴任。現在はKconcept代表取締役社長として、複数企業の社外取締役も務める。



