3つのビジネスモデルと知財の「黄金率」
こうした協業を支えるVTTのビジネスモデルは3つに大別できる。第1に、基礎的な科学を技術へと変換し、将来の種をまく自己資金または政府補助金による研究。第2に、欧州連合(EU)の研究・イノベーション推進支援プログラム「ホライズン・ヨーロッパ(Horizon Europe)」や、フィンランドの資金配分機関(Business Finlandなど)を活用したオープンな競争的公的資金による共同研究。そして第3に、民間企業とVTTが1対1で取り組む個別契約研究(民間受託研究)である。
公的共同研究の代表例が、セメントや生石灰の製造過程から排出される純粋なCO2を回収して合成燃料の製造へとつなげる「Decarbonate」プロジェクトや、バイオ由来CO2とクリーン水素からポリウレタン原料などの特殊化学品を合成する「BECCU」プロジェクトだ。これらは複数の産業パートナーを巻き込み、脱炭素社会のサプライチェーン全体を設計する取り組みである。
一方、個別契約研究(民間受託研究)では、自社研究成果や知財(IP)を企業へ移転し、現実のビジネスや社会実装へとつなげるカスタマイズ型の支援を行う。具体的には、水電解スタック用の特殊シール材開発といったコンポーネントレベルのエンジニアリングやIP開発から、欧州の環境法規制を見据えた循環型社会へのコンサルティングまで、企業の個別課題に踏み込んだ伴走支援を展開している。
国有企業でありながら民間並みの機動性を誇るVTTには、契約における明確な「黄金率」が存在する。「二者間契約の場合、費用を支払った者が成果(知財)を所有する」という原則だ。こうした明確な知財保護が企業の参入障壁を下げる一方で、VTTは公的プロジェクトとのバランスも高度に保っている。現在のレベニュー構成はおおむね「民間企業や海外企業からの商業受託研究が約30%、EUや公的機関からの共同研究資金が約40%、政府助成金が約30%」というバランスで成り立っている。
構造として整理すると、VTTは国、産業界、学術界からなる「三角形の中央」に位置しているのだ。経済雇用省が所有する有限責任会社であり、社会の刷新と産業界との緊密な連携という目的を与えられている。そのため、産業界と連携しないプロジェクトは極めて稀である。それがVTTの実社会における存在意義を定義している。四半期ごとの短期的な業績プレッシャーから解放され、中長期的な研究開発を可能にするこの構造について、アラストは次のように説明する。
「もちろん私達にも財務やリソースの制約はあります。ただ、上場企業のように四半期ごとの利益圧力に直接縛られることがありません。だからこそ、より大きな自由度を持ち、高いリスクを取って長期的でインパクトの大きい課題に挑むことができるのです。学問の自由という伝統とこの環境が組み合わさることで、イノベーションの流れと新しいアイデアの創出が可能になっています」


