エコシステム

2026.09.09 15:15

「発明をイノベーションに変える」北欧フィンランドのVTTは日本企業の解になるか?

フィンランドの国営技術研究機関「VTT(フィンランドVTT技術研究センター)」のアンッティ・アラスト副社長

それでは、VTTが背負っているミッションとは何か。アラストは、「目先の四半期利益にとらわれない人類共通の課題解決にある」と語る。

advertisement

地球規模の課題解決や社会的なレジリエンスの確保といったテーマは、すぐに利益を生むわけではないが、中長期的に見れば人類が生き残るために解決しなければならない領域だ。まだ誰も踏み込んでいない黎明期から技術開発に着手し、真に革新的なディープテックを生み出すための自由度を確保しながら、実用化のフェーズまで伴走し続ける。それがVTTに課せられた役割である。

取り組むべきミッションや研究領域を策定する方法については、アラストは「簡単な答えはありません。組織としての見解というより私自身の考えかもしれませんが」と前置きしたうえで、こう明かす。

「外の世界で何が起きているのかを見極める必要があります。気候変動は現実に進行しており、それは科学的にも裏付けられています。その現実を直視したうえで、自分たちの強みや活動基盤、パートナーシップを掛け合わせるのです。現場の有機的で意欲的な活動を見守り、育てるべき芽を選び抜いていく必要があります。上意下達で『世界の食糧危機を解決せよ』と指示することなど誰にもできません」

advertisement

「フィンランドの資産×グローバルな潮流」の掛け算

取り組むテーマは、フィンランド一国の課題だけで完結するものではない。自国のもつ固有のアセット(資産)と、グローバルなメガトレンドとの掛け合わせが不可欠となる。

「フィンランドのような小規模な市場向けだけに技術を開発し、商業化することはもはや不可能です。企業は最初から世界市場、あるいはその一部を視野に入れなければなりません」

アラストはこのように話し、自らが専門とするエネルギー領域を例に引く。化石燃料資源をもたないフィンランドは2025年現在、電力自由化と電源の多様化を推し進め、原子力、風力、水力、バイオマスを組み合わせることで、すでに電力の96%をクリーンエネルギーで賄う高度な市場を形成している。

しかし、そこで培われた知見も、グローバル市場で通用するコストと規模を伴わなければ真の解決策にはならない。ICT分野が数年単位で動くのに対し、エネルギーや脱炭素技術は発明から100基のプラントに展開されるまでに数十年という息の長い年月を要する。

だからこそ、地政学的な安定供給やコスト競争力といった根源的な解決策を見据えた長期戦略が必要になる。2024年秋、筆者がフィンランド・エスポーにあるVTTのパイロット研究拠点「ビオルッキ(Bioruukki)」を訪れた際、現場の研究者は自らの機能を「水先案内人(パイロット)」に例えて説明してくれた。

「英語のパイロットには、大型船を安全に外洋へ導く水先案内船という意味がありますよね。私たちが産業界に対して果たしているのはまさにその役割です。商業化における『死の谷』を押し下げ、フィンランド国内のみならず世界中の企業にサービスを提供しています」

ビオルッキの広大な敷地には、森林資源を活用したバイオマスのガス化や熱分解プラント、100%生分解性のセルロースフィルム製造ライン、さらには2026年の拡張に向けて建設が進む水素・グリーン電化の研究施設が立ち並ぶ。そこでは技術の実証試験から、包装材や繊維への応用、さらにはコンクリートの強度を20〜40%高めてCO2排出を抑制するリグニン技術の実証まで、スケールアップの各段階に応じた実証設備が整えられている。

VTTは開かれたオープンイノベーション・エコシステム(生態系)を志向しており、世界中の企業や大学が施設を利用して共同プログラムを走らせている。アラストも欧州がホームマーケットであると認めつつ、日本市場への強い期待を示す。

「私の視点では、日本をはじめ、その他の地域もますます重要になっています。企業は世界市場へスケールアップする方法を考える必要があり、フィンランド国内にとどまらない広範なニーズに応えなければなりません」

次ページ > 「費用を支払った者が成果を所有する」

文 = 井関庸介 写真 = 能仁広之

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事