イノベーションの重要性を語ったところで、それを現実の社会や事業のなかで実現するのは容易ではない。特に、消費者から絶対的な安全と信頼性を求められる大企業にとっては、スタートアップのように迅速に実験を繰り返し、成果が出なければ即座に撤退するといった経営は構造的に難しい。そこにはリスク許容度の差だけでなく、求められる人材の資質や投入できる資本といったリソースの違いもある。
そうした産業界が抱える構造的な隘路に対し、ユニークな解を提案している組織が北欧にある。フィンランドの国営技術研究機関「VTT(フィンランドVTT技術研究センター)」だ。エネルギー部門を統括する副社長のアンッティ・アラスト(上写真)は、VTTのアイデンティティをこのように語る。
「VTTを一言で表すなら、単なる研究室の成果にとどまらず、新しいアイデアや発明を実社会のイノベーションへと転換する組織です。私たちは『発明をイノベーションに変える』のです」
研究成果を論文の中に閉じ込めるのではなく、産業界の手を通じて社会に実装する――。この官民の結節点に位置する独特の立ち位置ゆえに、日本企業にとっては全体像をつかみにくい面がある。フィンランド大使館・商務部で上席商務官・戦略アドバイザーとして防衛・戦略的重要技術・先端技術を担当する中島健祐は、その特異な存在形態をこう解説する。
「VTTはフィンランド経済雇⽤省の管轄下にあり、研究成果の社会還元や産業競争⼒の強化を⽬的として⾮営利で運営され、先端技術を確実に社会実装することが使命です。非営利のため収益は研究員の給与や組織運営費⽤、戦略的な研究開発に再投資されるということです。
⽇本にはない形態のため理解するのが難しいと思います。敢えて表現すると『理研のような基礎研究機関に、産業支援を行う産総研の機能が加わり、戦略プロジェクトを実行出来る民間のシンクタンクとコンサルティング会社を統合したような組織、しかし非営利』となります」
政府が100%所有する非営利組織VTTは、社会的なインパクトを生み出し、研究成果を社会へ届けることを目的としている。だが、VTT自身が工場を建てて量産投資を行うわけではない。VTTが開発した技術をもとに、パートナー企業がスケールアップや市場投入を担うのである。



